「ようやく見つけたリアルさと荒唐無稽さの黄金比」007 ノー・タイム・トゥ・ダイ ao-kさんの映画レビュー(感想・評価)
ようやく見つけたリアルさと荒唐無稽さの黄金比
ダニエル・クレイグ版の007はリアルさと荒唐無稽さのバランスで揺れたシリーズだった。過去4作で3人の監督が007という食材を調理した訳だが、どうやらキャリー・フクナガ監督はその黄金比を見つけたようだ。そして、そのレシピは伝統的な007が入った鍋にリアルなボンドを加えるという実にシンプルなもの。
ボンドカーを使ったカーチェイスや銃撃戦の最中のユーモア、各国を巡るエレガントさ、そして、からくり屋敷と化した敵の秘密基地など、いかにも007らしい舞台装置の中にリアルなボンドが躍動する。一見、シンプルな調理法だが、前作「スペクター」は伝統的な舞台装置とリアルなボンドが混じり合わないことを実証した作品だった。そこで、フクナガ監督は前作のボンドガール、マドレーヌの悲しい過去をリアルな物語の下味とする一方、2人の女性スパイをアクション面に加えて、荒唐無稽さの味を整える。すると、この3人の存在は触媒となってはたらき、リアルさと荒唐無稽さが融合された味わい深い007を仕上げることに成功したのだ。(ついでにアナ・デ・アルマス扮する女性スパイは“天然で茶目っ気のあるボンドガール”が成立することを証明した!!)
悪役サフィンの物足りなさに目を瞑ることはできないし、物語の粗探しをすれば「スカイフォール」超えの高得点には至らない。それでも、アクションシーンの見易い絵作りと映像の美しさは目を見張るものがあり、個人的で普遍的な愛のために戦うボンドの姿は共感しやすい。世界を巻き込む大規模なテロ行為を阻止するための作戦でありながら、個人的感情で行動するボンドに違和感を覚える人もいるだろうが、元祖リアル路線の名作「女王陛下の007」を超えるためには、本作の物語展開は正攻法と言えるのではないだろうか。
コロナウィルスの影響で1年半以上も公開を待った訳だが、少なくとも中盤のキューバまでの展開で十分立派な007シリーズを観たという多幸感があった。何よりもダニエル版007の最終作という意味では、「カジノロワイヤル」から続く重厚感のあるシリーズにきっちりと落とし前をつけてくれたと感じる。そして、早速楽しみなのは次回作。久々に重い雰囲気を払拭し、往年ファンが狂喜乱舞するオモチャ箱をひっくり返したような楽しいアクション作品を期待したい!