「J・D・サリンジャーの半生記。」ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー HALU6700さんの映画レビュー(感想・評価)
J・D・サリンジャーの半生記。
TOHOシネマズで年末年始に実施されていた、TOHOシネマズのスタッフさんの中で笑顔で働く姿が素晴らしく優秀な人を選ぶ「スマイルアワード」という企画に、私も1票投じさせて頂きましたらば、投票者の中から抽選と言うことで、TOHOシネマズの特別ご鑑賞券に当選しましたので、今回は、その特別ご鑑賞券を有効活用すべく、先週の2/4(月)に、TOHOシネマズ二条で『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』を鑑賞。
当初は、『蜘蛛の巣を払う女』を観たかったのですが、予想外にも僅か3週間で既に終映してしまっていたので、このJ・D・サリンジャーの伝記映画を観ることにしたのですが、率直な感想としては、今まで、私は、あの有名な『ライ麦畑でつかまえて』の著者であり、長く隠遁生活を送っていた作家ということ位の知識で、その他には何ひとつとして知らなかったJ・D・サリンジャーのその半生の一端を、今回知ることが出来て、観て良かったと思えた作品でした。
J・D・サリンジャーが今年(2019年)1月1日で生誕100周年を迎えると言うことで、それを記念して、彼にまつわる映画がここ最近数本作られているみたいですが、本作はその中でも、名作を生み出したにもかかわらず、その後隠遁生活を送っていた伝説的作家J・D・サリンジャー。彼のその謎に満ちた半生と彼の小説の誕生秘話を描いた、実直な伝記映画です。
お話しの流れ的には、
時は、1939年のニューヨーク。
ユダヤ系の食品輸入業で財をなした父親に反発し、大学中退を繰り返していた20歳のジェリーことジェローム・デヴィッド・サリンジャー(ニコラス・ホルト)は、コロンビア大学の創作文芸コースを受講するのでした。
そこでは文芸誌「ストーリー」編集長でもあるウィット・バーネット教授(ケヴィン・スペイシー)と出会い、短編『若者たち』を書き上げ、出版社に持ち込むがことごとく掲載を断られる中、紆余曲折がありながらも書き続け、最終的には文芸誌「ストーリー」に採用され、ジェリーは作家としての第一歩を踏み出します。
そんな中、ジェリーは、劇作家ユージン・オニールの娘ウーナ・オニール(ゾーイ・デゥイッチに出会い一目惚れするのでした。自由奔放なウーナに振り回されながらも、マンハッタンの社交界に出入りして恋愛を楽しむジェリー。
その一方、作家の仕事の面では、著作権代理人のドロシー・オールディング(サラ・ポールソン)を介して短編小説を出版社に売り込むものの不採用が続くのでした。
やがて、自分の分身とも言える、コールデン・コールフィールドを主人公にした短編小説が、権威ある「ニューヨーカー」誌に掲載されることが決まるのでしたが、その矢先に、1941年、真珠湾攻撃が勃発し太平洋戦争が始まるのでした。内容が戦時下にはふさわしくないという理由から掲載は延期になり、そして、ジェリーも陸軍に入隊し、戦地に赴くのでしたが、ヨーロッパ戦線を巡る間も空き時間を見つけては執筆を続けていたのでした。
しかし、戦争が終わったら結婚するつもりでいた、恋人ウーナが、さる超大物喜劇俳優と親子ほどの年齢の差での結婚をしたとの衝撃的な知らせや、日々激しくなる戦況に神経をすり減らされる中、書くことだけが心の支えになっていたのでした。
しかし、ノルマンディー上陸作戦やその後の戦闘で多数の仲間を失い、さらにナチスの強制収容所での惨状を目の当たりにし、ジェリーは力尽き、ドイツの神経病棟に入院するのでした。
そして、ジェリーはバーネットの元で選集を出版するべく、ドイツで結婚したシルヴィアを伴ってアメリカに帰還を果たすのでしたが、バーネットの「ストーリー」誌の経営難により出版の計画は頓挫し、ジェリーはバーネットに絶交を言い渡すのでした。
その後、短編『バナナフィッシュにうってつけの日』が「ニューヨーカー」誌に掲載され、話題となり同誌と独占契約を結ぶなど作家としてのキャリアは上向きになるのでしたが、戦禍で被ったトラウマが彼を苦しませ続け、最大の目標であった、ホールデン・コールフィールドを主人公にした長編の執筆も進まない中、瞑想や禅文化などの東洋思想との出会いから、生まれ育ったニューヨークの都会の喧騒から離れて、執筆活動を行うことにするのでした。
1950年、ジェリーは戦地でのフラッシュバックに対し、瞑想などを採り入れながら向き合いながらも、遂に長編小説の『ライ麦畑でつかまえて』を完成させるのでした。
それまでのアメリカ文学とは全く異なる斬新な語り口を持った同作品は、出版関係者の間では賛否両論でしたが、実際に翌年に発刊されると読者に大反響を呼んでベストセラーとなるのでした。
一躍時の人となるジェリーでしたが、戦争での後遺症から、マスコミやファンの狂騒や過剰なファンによるストーカー行為から背を向けるかの様に、ニューハンプシャー州コーニッシュという田舎町に転居し、隠遁生活を送ることとなるのでした。
そしてパーティで知り合ったクレア・ダグラス(ルーシー・ボイントン)という女性と再婚。
子供にも恵まれるのでしたが、次第に家族との暮らしよりも創作活動の方に没頭していくのでした・・・。
と言ったイントロダクションの伝記映画でした。
実は、私は、生憎と、J・D・サリンジャーの代表作である『ライ麦畑でつかまえて』を読むのも途中で挫折してしまっていたくらいなのですが、それでも、この伝記映画は面白く観ることが出来ました。
お話しの展開の上で、本作品は、映画としての作り込みが甘いなどといった辛辣な意見も散見しているみたいですが、確かに、戦争体験が主人公であるJ・D・サリンジャーの人生に大きな影を落とす要因になるにもかかわらず、肝心の戦場のシーンが心象風景的にしか表現されていない点を描写不足と不満に感じられる人も居られるかも知れないですが、直接的に戦場のシーンを描かなくても、僅かなシーン描写と劇中の字幕台詞でも、あのノルマンディー上陸作戦や、その後、ドイツの強制収容所の惨状を目の当たりしてきた事も分かりましたので、アメリカの帰還後の後遺症、所謂、今で言うところのPTSD障碍に苦しむのもよく理解出来ました。
ただ確かに、最初のドイツ人の妻のシルヴィアを実家に連れてきたシーンはあるものの、その後はほぼそれきりだったり、各出来事の生じた時期や年月の経過が不明瞭で、やや分かりづらい点など確かに伝記映画としては表層をなぞっただけにも映るといった欠点も見受けられましたが、概ねは、ジェリーことJ・D・サリンジャーの半生は理解出来ました。
J・D・サリンジャーと言えば、映画『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年)の原作本でもある、W・P・キンセラによる『シューレス・ジョー』の小説の中で登場していたので、彼が隠遁生活を送っていたのは、私はその小説の中で初めて知りましたが、ここ最近、公開されている映画『ライ麦畑をさがして』(2001年)や『ライ麦畑で出会ったら』(2015年)でも、サリンジャーを訪ねる若者達が描かれていますが、そういった行動がある種の社会現象化しつつあったのかも知れないですね。
また、本作品の劇場パンフレットを読みますと、1980年のジョン・レノン暗殺犯のマーク・ディヴィッド・チャップマンは犯行現場で『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいたり、逮捕後の裁判で小説の一節を朗読していたり、また、その翌年1981年のレーガン大統領暗殺未遂犯も『ライ麦畑でつかまえて』を所持していたりと、偶然かとは言え、この『ライ麦畑でつかまえて』の主人公ホールデン・コールフィールドに心酔する若者が過度な異常行動を採りがちな傾向も見受けられるので、サリンジャー自身も、早くから危険を察知して、愛読者からのストーカー行為などから隠遁生活を送らざるを得なかったのも分からないでもなかったですね。
ただ、隠遁生活が逆に伝説化し、謎が謎を呼びミステリアス度が増していくといった悪循環だったかも知れないですね。
2010年1月27日に91歳で亡くなったJ・D・サリンジャーですが、果たして、彼はひとりぼっちでも幸せだったのかなと思うと切なくなってきますが、PTSD障碍から解放されるには、ただひたすらに創作活動に打ち込むしか心癒やされる術がなかったのかも知れないですね。
やたらと挿入されていた回転木馬のシーンなどは、サリンジャーの小説のファンの人にとっては、もしや小説の一節にまつわるような、意味深な演出だったりしていたのかと思いますと、本作品も、また違った楽しみ方が出来るのでしょうね。
でも、私の様にサリンジャーの小説もほぼ読んでないに等しい人間でも、ベストセラー小説を残して、すぐに表舞台から姿を消した1人の小説家の心の葛藤を描いた半生記として読むことも出来ますし、ある若い作家の書籍が出版に至り大反響を浴びるまでといった一連の流れなど観る視点によっても興味深く観ることが出来ますので、特段、J・D・サリンジャーに興味がない人でもそれなりに楽しめる映画にもなっていたと思いました。
配役に関しましては、ジェリーことJ・D・サリンジャー役を演じていたニコラス・ホルトは本当に適役だったと思います。
彼を観ていると、雰囲気的に日本映画界の個性派俳優の柳楽優弥さんを思い起こしてしまいますが、自信に満ちた目や不安げな目、狂気に満ちた目など様々な表情を目だけでも表現出来る素晴らしい若手俳優だと思いましたし、だからこそ『X-MEN』シリーズでもビースト役を演じているのかなとも思いましたね。
そしてコロンビア大学の恩師であり文芸誌「ストーリー」の編集長ウィット・バーネット教授役のケヴィン・スペイシーはさすがの安定感ある演技で上手かったですね。
本当に、あんな事件さえ過去に起こしていなければ今後ももっともっと活躍の場があったのにと思うと悔やまれてなりません。
著作権代理人のドロシー・オールディング役演じるサラ・ポールソンは『オーシャンズ8』の時の可愛らしいコメディパートとは違った実力派女優ぶりを発揮してくれていましたし、『ボヘミアン・ラプソディ』でフレディ・マーキュリーの恋人役を演じていた、ルーシー・ボイントンもサリンジャーの二番目の妻クレア・ダグラス役で出演しています。
私的な評価と致しましては、
事細かな説明や演出が不足しているために、J・D・サリンジャーの半生を描く映画としては、表層をなぞっただけにも見えなくもないですが、私はそれでも概ねは理解出来ましたし、あくまでもサリンジャーを知る入り口的な作品としてはよく出来た実直な伝記映画だと思いました。
また彼のような戦争体験ほどの凄まじい後遺症ではないにせよ、私も激務から、PTSD障碍を発症してしまい後遺症と未だに闘病していることからすれば共感してしまう点も多々ありましたので、今まで謎だった、何ゆえに隠遁生活をせざるを得なかったのかもサリンジャーの行動も少しは理解出来た気もしました。
ストーリーの演出手法には難があったかも知れないですが、ニコラス・ホルトはじめケヴィン・スペイシーら各俳優陣が凄く好演していましたので、五つ星評価的には、高評価の四つ星評価の★★★★(80点)も相応しい作品かと思いました次第です。
また、この映画を観て、私も読み終えることなく積ん読状態にある『ライ麦畑でつかまえて』の本を改めて読んでみたく思いました。