「「誰が好きか」を言い合わなければうまく行った友情だった。」最初で最後のキス 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
「誰が好きか」を言い合わなければうまく行った友情だった。
「誰が好きか」を言い合わなければ、うまく行ったかも知れない3人の友情。例えば、好きだと言わなければ。あの時、川へ行かなければ。渡そうとしたプレゼントが赤い包装紙でなければ。たった一度キスをしてしまわなければ・・・。ほんの些細な気持ちの行き違いをきっかけにして、ボタンをかけ違えるようにして最悪の結末を引き当ててしまった3人。でも本当は違う。好きだと言ってもよかったし、キスをしても良かった。自分に素直になる勇気があればよかったし、お互いを受け入れる余裕があればよかったし、お互いに向き合うことができればよかったし、上手に断ることが出来れば良かった。そしてそういう社会ならよかった。これはアントニオひとりを責められないなと思う。アントニオがあの時、ロレンツォを拒絶するしか出来なかったのは、マニキュアを塗っただけで停学にしようとする教師がいるからだし、蝶の柄のシャツをオカマのセンスだと笑うクラスメイトがいるから。そしてそういう人間は、学校の外にもたくさんいるのだから。
アントニオとロレンツォの隣に寄り添う少女ブルーの抱える悲劇もまた物語に深みを加える。そしてアントニオにも悲劇はある。3人とも、強がって意気がっているが、それぞれに少しずつ弱くて、その弱さが大きな悲劇を呼び込んでしまった。
前半は、さながら名作「ウォールフラワー」を思わせるような、エッジの効いたシャープな青春映画のように思う。はみ出し者3人が築き上げた友情と、現代的なセンスで輝く鮮やかな青春。こんなに眩しくて生き生きした青春映画なのに、その結末は痛くて悲しくてやりきれない。ヘイトクライムだと切り捨てられないアントニオの葛藤が理解できるから尚更苦しい。
この映画には元になった実際の事件があるという。10代の少年では抱えきれなかった秘密が、こんな結果を招いてしまったこと。本当にやりきれないが、実際の事件はもっと残酷だったかもしれない(あえて検索はしないでおく)。もしかしたら、本当にヘイトクライムだったのかもしれない。同性愛に限らず、事件にならないだけで日々マイノリティを傷つける出来事は起きているのだと改めて気づかされる。
「今はそういう気分じゃないんだ」と丁寧に告げることができた後の、無邪気に川遊びをする幻の3人の姿を見ていたら本当に切なくてたまらなかった。失わなくて済んだはずの命と、犯さなくてよかったはずの罪。一度のキスが引き金になったように、一度響いた銃声は取り戻せない。本当にやりきれない物語だった。とてもやりきれないけど、とてもいい映画だった。