「自力では気づけなかった、常軌を逸した作り込み。」スリー・ビルボード きーとろさんの映画レビュー(感想・評価)
自力では気づけなかった、常軌を逸した作り込み。
心理描写と人物関係の描写が秀逸。舞台設定もいいですね。小さな町だから住人みんなが署長を知っていたり。広告代理店が警察署の向かいだったり。
「怒りが怒りを来す」作中のキーワードだと思います。怒りの連鎖でどんどん悪いことが起こっていく。どうしようもない苦しみ、怒りのやり場がない時、どうすればいいのか。見ていて苦しくなりました。
署長の自殺からぐっと話に引き込まれていきました。遺書がまたどれも良く、彼の人柄が表れていました。街の人の反応を見ていても、彼が本当に慕われていたことがわかります。
多少過激ながらミルドレッドが車にコーラを投げつけてきた学生を懲らしめる場面は、頼もしい母親だなと思いました。おそらくスリービルボードの件で前々からロビーは悪く言われたりしていたんでしょう。ミルドレッドがロビーにシリアルをぶっかけるシーンもありましたね。あれ普通はもっと怒るところだろうと思ったんですが、母なりの励ましというか、喝を入れたのだとわかったのでしょうか。家族だったり、お互いをわかり合っている関係だからこそできるやりとりっていいですよね。
登場人物がみんな人間らしいというか、善悪はっきりせず、いいところも悪いところも持ち合わせているのがリアルで、本作の社会派な内容ともマッチしていました。
特にディクソンは、前半は悪いところが目立つのですが、遺書を読んでからはいい部分も見えてくるのが素敵でした。
ディクソンがアンジェラの事件に関するファイルを抱えて命からがら炎から脱出するところや、容疑者の車のナンバーを冷静に確認して、暴行を受けてでも皮膚を採取するところも心を打たれました。警察署に火をつけたのがミルドレッドだとわかっていても口にしなかったり、署長の見立て通りだったのが嬉しい。
ディクソンとは気づかずに優しい言葉をかけるレッドにきちんと謝って、レッドが複雑な心境ながらにオレンジジュースを置くところもすごく好き。許すって難しいけど、許すことで結局は自分も救われるってこともあるんじゃないかと思います。ミルドレッドはずっと許せなくて苦しんできたわけですし、自責の念もあったのだろうと思います。
スリービルボードが燃えてしまって、作り直すところも微笑ましく、いいシーンでした。署長が出資してくれたことで、スリービルボード自体も抗議のためという怒りの意味から、娘のためにも署長の名誉のためにも守りたいものというような、いい印象に変わったことも良かったです。
そしてそれを燃やしたチャーリーを許すところも。前のミルドレッドであれば確実にワインの瓶で頭ぶったたいていましたよね。
虫や鹿のシーンもいつもふてぶてしいミルドレッドの優しさが垣間見えたように思います。人にはああいう面を見せないから誤解されることも多そう。誤解されても意に介しなさそうですし。
ペネロープもちょっと天然なところがありそうだけれど、純真そうで可愛らしかったです。苦しい展開の中で彼女が出てくると気が抜けるので、癒しの存在でした。でもなぜチャーリーと交際しているのか…その点で言えばあまりいい印象は持てなかったので、チャーリーのいい部分も描いてくれたら説得力が出たかも。
署長の奥さんと娘達のその後も気になりますね。少しずつ受け入れられればいいのですが。
みんなそれぞれに異なる事情を抱えていて、時にぶつかり合って、支え合って、思い合って生きていく姿が心に沁みました。
演技面も静かな中にも強い感情を込められていて、みなさん素晴らしかったです。おかげで涙腺ゆるゆるでした。
自分をちゃんと見てくれる人の存在やその人の言葉で、人はいい方向を向いていけるのかなと考えさせられました。私も人の悪いところを受け入れ、良いところを探して好きになることを心がけたいものです。
どういう終わり方をするのかとずっと頭の隅で思っていたら、なかなか他では見ないような終わり方で、新鮮でした。ドラマティックにならないのは本作らしくて良かったと思います。
事件が解決したわけではないけれど、少し気が晴れたような。「道々考える」中で少しずつ明るい方向に向いていきそうな雰囲気が好きでした。2人が一度対立したにもかかわらず、最後は一緒に旅に出るのも素敵でした。
署長とミルドレッドの関係もなんとも言えない良さがありましたね。繊細な人間関係が本当に上手いです。
国外で起こった事件では逮捕できないっていうのもおかしな話ですよね。2人とも「あんまり」でしたし、直接的な方法は取らない…と思っておきます。天気も晴れていましたし、光が差す方へ進んでいくという示唆だと考えたいです。
と、長々とごちゃごちゃ書いてしまいましたが、ここまでは初見での感想です。
私は鑑賞後にとても詳しく解説してくださっているサイトを見つけました。ちなみに『ライアーライアー』の解説でもお世話になったサイトです。
そちらを拝見すると、まさに目から鱗が落ちることばかりでした。私が本作に込められた意味を理解できていないことで受けた違和感の全てを解説してくれました。とはいえ、聖書や英語に詳しくないとこれは気づけませんね。原題『 Three Billboards Outside Ebbing, Missouri 』の意味や、曲の意味、ペネロープのことまで。次回観る時にはブラックユーモア版のアンジャッシュのコントのようにも見てみたいと思います。泣くほど真剣に観ていたのに…実はコメディにも取れるとは…。上記のレビューが一部恥ずかしくなりますが、初見の反応として残しておきます…。
拝見したサイトはとても素晴らしかったですが、それが全てではありませんし、絶対に正解というわけでもない。観た人それぞれで色々な見方ができる懐の深い作品ですね。
知ることで見方が変わるという点ではコーエン兄弟の『ファーゴ』に似ていますね。彼らもブラックユーモア好きな印象です。フランシスマクドーマンドも出演していますし。本作は特にコーエン兄弟の作品と演出の作り込みに類似点が多いようです。
マーティンマクドナー監督の作品は同じくブラックユーモアやバイオレンス面でもタランティーノ監督作に似ているという声もあるみたいですね。
自力では気づけなかったですが、本作は作り込みが半端じゃないです。そして自分の先入観や偏見についても考えさせられました。是非鑑賞後に解説を探してみてください。
解説を見る前でも舞台設定、心理および人間関係の描写、演技面で星4評価を考えていたのですが、解説を読んだ後は星5以外は考えられませんでした。細部までこだわった素晴らしい作品です。