「スリー・ビルボードとスリー・レター」スリー・ビルボード 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
スリー・ビルボードとスリー・レター
アカデミー賞や各映画賞で絶賛されたサスペンス・ドラマ。
それも納得、強烈にインパクト残る力作であった。
ミズーリ州の田舎町。
何者かに娘を殺された母親が、一向に捜査が進展しない警察へ対して、抗議の3つの看板を立てた事から…。
マーティン・マクドノーの巧みな演出と脚本がまず見事!
立てられた3つの看板から始まる人間模様。
怒り、悲しみ、暴力の連鎖と波紋が広がっていく…。
予測不能な話の展開に本当にグイグイ引き込まれた。
唐突なバイオレンスとヘビーなドラマの中に、ついクスッとなってしまうブラック・ユーモア。
と共に差別などの社会の闇も浮かび上がらせ、もう一度言うが、その語り口が本当に見事!
マクドノーが監督賞ノミネートから落選したなんて、嘘でしょ!?
パワフルな言動のパワフルな母親、ミルドレッド。
フランシス・マクドーマンドのパワフルな熱演!
終始しかめっ面で、周囲の批判や権力にも屈しない。まるで、女イーストウッド!(西部劇風の音楽や雰囲気もさらにそれを連想させる)
ふとした瞬間に悲しみも滲ませ、その激しさと繊細さの名演には圧倒されるしかない。
勿論主役は彼女だが、話を動かしたのは次の二人。
人種差別主義者でマザコンで暴力的な地元警察の巡査ディクソン。
最初はこの男が大嫌いだった。本当にクズ野郎。
しかし、ある事をきっかけに、この男が劇的に変化する。クズ男の中の“正義”が目覚め始める。
最後はもう、彼が好きになっていた。
役者冥利に尽き、役柄も旨味たっぷり。
オスカーはウィレム・デフォーを応援していたが、こりゃサム・ロックウェルが獲るわな。
ミルドレッドに名指しで批判された警察署長ウィロビー。
悪人やクセのある役柄が多いウディ・ハレルソンが、愛妻家で良き父親、人望も熱い善人役。
末期癌で余命僅か。
その苦悩、そして彼のスリー・レターに心揺さぶられた…。
本当に本作は、各々の感情、ぶつかり合い、刺激し合い、やがて相乗し合う人間模様が素晴らしかった。
ミルドレッドの怒り、悲しみには同情する。
本来ならそれは憎き犯人へぶつけるものだが、もし自分に同じ事が起こったら、分かってても、何もしてくれない警察へ怒り、悲しみをぶつけてしまうだろう。
全力を尽くすと約束してくれた警察なら、この怒り、悲しみを分かってくれる。
それなのに…。
強行手段。
そのせいで息子は学校で嫌がらせを受ける。
確実に犯罪である暴挙をも犯す。
それほど娘と仲良かった…という訳ではない。最後は喧嘩別れ。
看板は、そんな自分への後悔。
また、警察へ対してただ怒りをぶつけただけでもない。
看板が立てられてすぐ、ウィロビーがミルドレッドに会いに行く。
ウィロビーはミルドレッドに看板を立てた理由を聞くと共に、自分が末期癌で余命僅かである事を告白する。
すると、ミルドレッドは知っているという。
そう、つまり、ミルドレッドはウィロビーを信頼し、期待しているのだ。
彼なら、必ず犯人を逮捕してくれる、と。
それ故の叱咤激励。
無言で訴えたミルドレッド、それを汲み取ったウィロビー。
この時の二人のやり取りが非常に良かった。
が、ウィロビーは死ぬ。
自ら命を絶つ。3通の手紙を残して。
一通は、愛する家族へ。自ら命を絶った理由が語られる。
二通目は、ミルドレッドへ。彼女が看板を立てて自分へ叱咤激励してくれたのなら、自分もこの手紙で。謎の看板の広告料も実は…。負けるな!
三通目は、ディクソンへ。これがね、実に目頭熱くさせるのよ…。
どうしようもないロクデナシのディクソンだが、彼はウィロビーを敬愛していた。
ウィロビーもまた彼の善良な心を信じていた。それは間違いなかった。
燃え盛る警察署内から、ミルドレッドの殺された娘の捜査資料を文字通り身体を張って守り抜く。(火を放ったのはミルドレッドなんだけどね…(^^;)
そして、あるバーで…。間違いなく、彼がロクデナシから本当の警官になった瞬間だ。
大火傷して入院した病院で、同室となった相手は…。出されたオレンジジュースの味はきっとしょっぱかっただろうが、グッと胸を鷲掴みにされた。
ラスト、車の中で、憎しみや確執を乗り越えたミルドレッドとディクソンのやり取りも最高に良かった。
3つの看板が事の始まりなら、それぞれを大きく突き動かした3通の手紙。
スリー・ビルボードと、スリー・レター。
ラストのミルドレッドとディクソンのある決断と行動は間違っているかもしれない。
当人たちの事件には何の関わりもない。
でも、今ここで、何もしないでいるなんて、もう出来ない。
行き場の無い怒りと悲しみの先には…。
正義か否か、希望、当初とは全く正反対の感情が交錯し、ズシンと響きつつ、うっすら感動すらさせられた。
これは非常に良かった!