「3枚のビルボードは「誰か気持ちを分かってよ!」という心の叫び」スリー・ビルボード ヒロさんの映画レビュー(感想・評価)
3枚のビルボードは「誰か気持ちを分かってよ!」という心の叫び
この物語で登場人物達が抱える負、それは「誰も分かってくれない」という感情から生まれる怒りと悲しみ。その負に対し物語を通じて共感してくれる人が現れ、その過程で登場人物達自身もまた他人を理解しようとしなかったと気づき、相手を思う思いやられるという共感(愛)を得て、少しかもしれないが救われる、という話。
主要登場人物は三人。
①娘をレイプされて殺された母親
→背負った負:
娘が殺された上、犯人が見つからない。そして皆んなの中でそれが風化してしまう。その気持ちを誰も分かってくれない。
②その事件を操作する警察署の署長
→背負った負:
死。その恐怖を誰も分かってくれない。
③警察署の警官
→背負った負:
バカにされたくない、蔑まされたくない。なぜならゲイだから。怒らせたら危険と威圧するための暴力を振るう。しかしそんな感情を誰にも分かって貰えずクソ野郎と見られてる。
この3人がジャンケンのように互いに影響を与え有って救われる話である。
署長が激昂する場面「分かるよ」と声を掛けられる所。「分かってもらえない」と感じている人は上部だけの共感に最も怒りを覚える。そんな署長が少しだけこの人は分かってくれると感じたのは自分が威圧的に尋問を掛けている最中に末期癌からの血反吐を吐きかけたのに直ぐに救急車を呼んだ母親の場面。この人は分かってくれるかも、と思えたのだと思う。
この母親の共感がまず署長に死を受け入れさせる。そして署長は自分の共感を手紙に残し母親と警官に伝える。
署長から手紙を受け取った母親だがビルボードを、自分の心の叫びを燃やされる。
警官は母親の広告を載せたビルボード管理会社社長をボコボコに殴って窓から放り投げてしまう。遅れて署長からの手紙を受け取った警官はその手紙で分かってくれる人がいると共感を得る。
警察の仕業と疑った母親は警察署に火を放つ。しかし燃え盛る警察署の中には署長からの手紙を読んでいた警官がいたのだ。
この場面で警官は初めて警官としての心を取り戻す。燃え盛る警察署からレイプ事件のファイルを命がけで守る。なんとか一命を取り留め病院に担ぎ込まれるが、同じ病室には自分が窓から放り投げた男が居た。その男は火傷にまみれた自分を罵倒しながらもらそっとオレンジジュースをくれた。
この時、警官は誰も自分を分かってくれなかったが、自分自身も他人を分かろうとしなかった、と気づいた。
一方、母親は警察署に火を放ったことを知りながら庇ってくれた男に怒りをぶつけてしまう。その男からの悲しみの言葉に自分自身もまた人を理解していなかったことに気づく。
こうして互いに共感してくれる人が居たこと、また自分も人に共感していなかったことに気づき少しづつ救われていく。
この映画で3枚のビルボードは「誰か気持ちを分かってよ!」という心の叫びである。
ビルボードは景色の一部として強引に人の目に入れてくる一方的なメディアである。テレビもそうかもしれないがコミュニケーションを取れる情報のやり取りではない。大声の金切り声で叫び散らかす主張を静かな物言わぬ風景に置き換えている。
また警官が警官としての心を取り戻すまではバッジが出てこないが自己犠牲が払えるようになるとバッジが見つかる。バッジは警官自身の魂の象徴として描かれている。
本作は雰囲気が非常に「クラッシュ」に近い。登場人物が相互に影響を与え会い、変化していく非常に高度な脚本だと思う。メタファーもうまい。
ただ映画玄人、映画マニア向けの映画だと思う。定石を外そう、外そうとしてくる展開だがやりすぎた。
ラスト、もしや犯人では…?は犯人で良かった。あそこもひねってしまった為、根本的な問題が結局は解決されず登場人物同様、見てる我々もモヤっとしてしまった。
この映画は登場人物たちの「魂」しか救われないのである。映画の中で登場人物が置かれている状況は何の一つも変化していないのである。
作り手は「そんな都合よく状況は変化しない、事象も繋がらない、この生きている世界で出来ることは自分の心をどう持っていくかしかないじゃないか」という思いではないかと思う。ただ終わりよければ全て良し、ではないが後味があまり良くない為に面白かった、と素直に思えなかった。
なにより本作は登場人物達の心、人の心の動きをチェス的というか心の動かし方の高度さを見せようと手腕を発揮しているように思えた。それが面白い/面白くない、快/不快に関わらず。なんというか納得いかない。物語ってそうじゃないだろうというのが本音。
アベンジャーズやパシフィックリムのような唐揚げとフライドポテトで胃もたれしてしまう映画屋に通い詰めた常連さんがホヤやあん肝で一杯やる通好みの映画だと思う。
ヒロさん、コメントありがとうございます!
同じ感覚が共有できる方がいて、嬉しいです!
ヒロさんのレビューも拝見しました。「分からない」という地点から、ここまで作品を深く掘り下げる考察力はスゴいです!僕なんかのレビューに共感いただけて、恐縮です。
僕にとっては、うまく言葉にできないですが、映画の見方が少し変わったきっかけなので、印象深い作品です。