「これまでにない構造を持った傑作映画」スリー・ビルボード unangpさんの映画レビュー(感想・評価)
これまでにない構造を持った傑作映画
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犯人を探し当てて結末を迎えるサスペンスドラマという訳ではなく、誰かの成長譚が語られるヒューマンドラマという訳でもない。
この映画の新しいところは、反省も成長もしない女を敢えて主人公にしたところだ。
彼女は娘を殺した犯人を探している。しかし決して犯人に至らない。どんなに努力をしても、いや、努力すればするほど犯人には至らない。
なぜか。
それは、彼女が本当に罪を責めるべき相手、探し出して吊るし上げ、殺人と同等の責めを負わせなければならない相手は、他ならぬ彼女自身だからだ。
娘を死の散歩に至らしめたのは母親の彼女自身なのだ。
娘が車を出してくれとお願いした時、母親の彼女はそれをにべもなく断って、結果娘を死の散歩に至らしめた。
主人公である母親はそれがわかっているが、自分の外側に原因とその解決を求め続ける。自分の外側に原因を求め続ける限り、決して解決には至らないのだ。
主人公以外の人物は物語が進むにつれてそれぞれにその事がわかり、それぞれに救いを得ていく。しかし、主人公だけがそこには至らない。この構造を通じて、作者は鑑賞者に対して気付きを与えるのだ。鑑賞者は思う。ああ、そんな姿勢でいる限り、あなたは救われないよ、と。そして誰もが胸に手を当てる。自分はどうか、と。
この構造がこれまでどの映画にも無かった。傑作だ。
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