「独りよがりムービー」Vision kkmxさんの映画レビュー(感想・評価)
独りよがりムービー
非常に退屈な上に、自己愛臭が強く胸糞悪い駄作でした。テレンス・マリックと同じ、映像が美しいだけの独りよがりムービー。
一番気になったのは素数。この自然崇拝げな作品の中で、素数というキーワードは垂直にささくれ立っている印象です。すなわちそこにはなんらかの強い意味があります。
はじめは、『割り切れなさ』なのかと想像していました。この隔絶された自然の中で割り切れなさを抱え、現世に戻る話かも…そんな展開が待っているのか?との予測。その前にフランス女が「Visionは人の弱さを消し去る」なんて危険極まりない妄言をのたまっていたため、変容の物語かもしれない、なんて考えていたときもありました。
しかし、『素数は交わらない』ときましたよ。これって自己愛じゃねーか、とビックリ。同時に本作の舞台設定もなんとなく把握できました。
現世から隔絶された山中はまさにあの世なのですが、異界と現世とのつながりがありません。あの世に来っぱなし。そこには「この世は汚い」みたいな厨二純潔思想が見え隠れします。自然の美しさは描かれていますが、恐ろしさが皆無なのが嘘くさく、神への畏れがありません。単なる理想的イメージでしかない。
つまり、素数である自分(監督ね)は特別で、この世に生きるような不潔な人ではありません!と宣言しているように感じ、バカじゃんと思いました。人類の進化が遅いとか、アンタはシャア・アズナブルか。まぁシャアも河瀬も自分が特別と思い込んでいる自己愛野郎って意味では共通してます。
とはいえ、もしかすると河瀬直美はこのような独りよがりな作品を排泄しないと精神のバランスを崩すのでは、と想像しています。
炎による痛みの浄化も、痛みを抱えることのできない弱さの裏返しですよね。未見ですが、『あん』『光』は高評価のようです。そこから考察すると、地に足のついた名作を生み出せるが、そんな作品ばかり創っていると反動が来て、本来の厭世主義的映画を生み出さないと病む、みたいなパターンがあるのかもしれません。
平日レイトで本作を鑑賞したのですが、観客は私ひとり。貸し切りです。公開第1週目でこのザマなのも、こんな内容では宜なるかな、であります。