劇場公開日 2018年1月27日

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祈りの幕が下りる時 : インタビュー

2018年1月26日更新
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阿部寛&松嶋菜々子、人の“痛み”を知る2人にしか語れないこと。

東野圭吾氏の人気ミステリー“加賀恭一郎シリーズ”が、映画化第2弾となる「祈りの幕が下りる時」で完結の時を迎える。これまでのシリーズで解き明かされることがなかった、最大の謎ともいえる“加賀の母の失踪”の真相がついに明らかになるとともに、加賀がなぜ「新参者」になったのかに迫る今作。足掛け8年、加賀に息吹を注ぎ込み続けてきた主演・阿部寛と、今作の物語の鍵を握る事になる女優兼演出家・浅居博美に扮した松嶋菜々子が初共演を振り返り、思い入れたっぷりにシリーズを総括した。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)

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2010年4月に「新参者」として連続ドラマがスタートした同シリーズはその後、2本のスペシャルドラマ(「赤い指」「眠りの森」)として制作・放送され、12年には初の映画化「麒麟の翼 劇場版・新参者」が興行収入16億8000万円のヒットを記録。累計発行部数1200万部を突破する人気シリーズにあって、13年に刊行された同名小説は10作目にあたり、第48回吉川英治文学賞に輝いている。

阿部にとって、これほどまでに同じ役を演じ続けるのは「トリック」シリーズの上田次郎以来となる。加賀役は3年ぶりとなったわけだが、「最後ということもあって、ちょっと一掃してみようかなと思ったんですよ。今までシリーズに関わっていなかった福澤克雄監督が『新参者』をどう見ていたか興味がありましたし、いち視聴者としていろんな見解をお持ちなんじゃないかと。前作をなぞりながらやっていく可能性もあったなかで、一掃してともに新しい観点で作っていこうということになりました」と述懐。そして、「福澤さんが過去作を全て見たとおっしゃっていたので、僕も全て見直した。そうすると、『確かにこういう面もあったな』と、いつの間にか忘れちゃっている部分もあったんですよ。そういったところをもう一度見直しながら、作り直していきたいなと思いましたね」と撮入前の準備に余念がなかったことを明かした。

物語は、東京・葛飾区のアパートで滋賀県在住の押谷道子の絞殺死体が発見されるところから始まる。殺害現場となったアパートの住人・越川睦夫も行方が不明で、さらに2人の接点が全く見つからないため、松宮(溝端淳平)ら警視庁捜査一課の捜査は難航。やがて道子は学生時代の同級生・浅居博美を訪ねて上京したことが判明するが、博美と睦夫にも接点がない。松宮は近くで発見された焼死体との関連を疑い、遺品に日本橋を囲む12の橋の名が書き込まれていることを発見する。その事実を知った加賀は激しく動揺する。それは、孤独死した加賀の母につながっていた……。

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一方、松嶋は、福澤監督とはTBSドラマ「RED CROSS -女たちの赤紙-」で仕事をした経験はあったものの、“加賀恭一郎シリーズ”は初参戦。今作では、博美役が3人登場する。14歳の頃の姿を桜田ひより、美しい舞台女優へと成長した20歳の姿を飯豊まりえ、そして気鋭の演出家になった現在を松嶋が演じている。幼少期のシーンなどが回想で登場することに触れ、「いろんな思いを背負っている博美なので、常に謎めいていなければならない。作り手の観点からいくとあまり見せてもいけないし、演じる側としてもあまり見せてはいけない。だけど、根底には持っていなくてはならないもの。そのさじ加減が難しいなと思いながら、どれだけ印象的に博美という役を見せていくかは苦労しました」と穏やかな表情で語る。

本編中でも、そして取材の場でも、背筋の通った2人が並ぶと幾度となく共演してきたかのような既視感を覚えるが、意外なことに今作で初めての共演を果たした。阿部も「本当に、初共演とは思えないんです」と笑い、「捜査をする側だから常に緊張感はあるんだけど、役としても同じ境遇というか……。松嶋さんと対峙するシーンってそんなに多いわけではなかったけど、クライマックスの場面とか心から伝わってくるものがあった。うまく言葉で表現できないんだけど、そういったものを感じ取ることができたから、僕に不思議な形で安心感をもたらしてくれたんです」と言葉に力を込めた。

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メガホンをとった福澤監督は原作を読んだ際、「これは『砂の器』のようだ」と口にしたという。劇中の節々にそれを感じさせる描写がちりばめられているが、2人は福澤組でどのような気づきを得たのだろうか。

阿部は、加賀と山崎努演じる父親との確執、伊藤蘭扮する母親との関係を描くことに難儀したそうで、「監督も難しかったと思うんですよ。母がああいう状態であったという結末は、予想と違っていた。『ああ、これは難しいな』と。そこから加賀の気持ちとして決着をつけていくというのはすごく難しかったから、監督も脚本上で色々と工夫をしてセリフをつけてくれたように思います。そこは最後まで監督と話したなあ」と胸中を吐露する。「監督の熱さに全員が乗っていく。細かい指示は出さず、役者に任せてくれる方」と話す松嶋は、クライマックスの大事なシーンを挙げる。「幾つかのやり方があるなかで、このストーリーにとってどのやり方が正しいのかを考えていたとき、監督から『うん、そちらのパターンにしてください』とご指示をいただきました。本番でOKをいただいた時に監督が求められているものを理解しあえたというか、以前に何度かご一緒させていただいているので、そういった積み重ねもあったのかもしれません」と充実した現場であったことをにじませた。

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人間を突き動かす原動力として、時に“怒り”は有効な感情かもしれない。ただ、“怒り”だけで生きていくことは虚しく、容易なことではない。今作では、加賀と博美も親に対してどうにも整理のつかない思いを抱えている。だからこそ、子を思う親の気持ちが明らかになるにつれ、人の“痛み”を知る2人の成熟した演技は見る者の感情を揺さぶらずにはいられなくなる。

阿部「山崎努さん演じる父親に対して、同じ刑事をしながらなぜ確執を持っているのか。それも一人息子なのに。加賀にとっては血のつながりに、断ち切ることができない“性”みたいなものを感じていたんじゃないかな。親父を許すことは簡単に出来ただろうけど、それをあえてしなかったところに加賀の父に対する深い思いがあった。男同士だから敢えて立ち入れない思い。僕は15年ほど前に母を亡くしているんですが、あの当時は仕事にかまけていたし、まだ親の気持ちをそれほど考えていなかった。いま、この年になって色々考えられるようになると、やっぱり、親の子を思う気持ちっていうのはすごく強いもんだなと思う。それは、年を重ねるごとに重みを持ってきています」

松嶋「他人なら連絡を取らずにいればそれで終わってしまうけれど、家族だからこそ関係性が難しく感じることってありますよね。依存し過ぎる場合もあるでしょうし。生まれ育った環境が、その後の自分の人生に大きく響いてくる。反面教師にしていくのか、お手本にしていくのか。いいところをとって生かしていく土台が家族だと思います。私が演じた博美は、根底に愛情を注いでもらった記憶がないという、本来あるべきものが欠落していて、それを本人が人生でどう埋めているのか。大きなテーマですよね。家族って繊細な関係だし、一番気を遣い合わなければいけないのかもしれません」

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