「まるで大人の知的な嗜みのような油絵アニメーション」ゴッホ 最期の手紙 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
まるで大人の知的な嗜みのような油絵アニメーション
ゴッホの死にまつわる謎に迫るミステリー。本来ならあえてアニメーションで描く必要のなさそうな題材に思えるが、当事者がゴッホであるとなれば、この映画の手法も頷ける。誰もが真っ先に目を引く、油絵を用いたアニメーション作品であるという特徴だ。しかもただ油絵でアニメ映画を作っただけの話ではない。ゴッホが描いてきた作品の世界観をそのまま作品の世界観として投影させ、まるでゴッホの描いた世界の中に入り込んだようなアニメーションになっている。
映画が始まってしばらくは、もうストーリー云々の前に一枚一枚の絵をもっとじっくり見たい衝動に駆られていた(字幕を読むのを忘れて絵に見入ってしまった)。しかも油絵であるから、絵具のタッチや立体感など、細部まで見たい部分はある。しかしアニメーションなのでシーンは次々に進んで絵も次々に変わってしまう。私なんかこの映画をスローモーションにして一枚一枚の絵を見たいくらいだった。そう考えると、普段私たちが観ているアニメーションの絵というのは、あくまでアニメーションのための絵であって、やっぱり絵画ではないのだなと改めて気づかされてしまった。その分、絵画である油絵が本来いかにアニメーションとしては不向きかということも痛感させられもした。その上で、本来不向きであるはずの油絵でのアニメーションに挑戦し、美術的に成功させたというのはやっぱり素晴らしいことだなぁと心から思った。
そしてようやく目が油絵のアニメーションにも慣れてきて、きちんとストーリーを見つめてみると(こんなことを言っては台無しかもしれないが)少々2時間サスペンス風味の様相。主人公の男が、ゴッホの弟に手紙を届けるという手前の元、ゴッホに関わった人々に出会い、彼らからゴッホの人となりを聞いていく。そしてその都度回想がめぐらされていくのだが、会う人会う人によって語るエピソードもゴッホへの印象も違い、そして死の理由も動機も経緯も違ってくる。一体何が真実なのか・・・?!というちょっとしたサスペンスドラマ調。ただそれも決して悪くはない。偉人を映画で取り上げる時に、偉人の数奇なる人生を美化しながら描く作品が多い中で、物語においても独自性と志を感じるようで好感が持てたし、内容もしっかり面白かった。アニメの登場人物としての人間ではなく、人間らしい人間たちがスクリーンに描かれていたのを感じられたのが何より良かった。
絵の迫力と世界観のユニークさ、そして死の真相を追うシリアスなストーリー含め、これは紛れもなく、大人のためのアニメーションなのだと感じた。「大人も子供も楽しめるアニメーション」はたくさんあるが、この作品はあえて子どもを寄せ付けずに、大人の嗜みとして楽しめるようなアニメーション。この映画を見るという行為が、ただそれだけでなんだか知的な遊びに思えるようだった。