「"言葉"以外で心理描写をする文芸作品」リズと青い鳥 BOWSさんの映画レビュー(感想・評価)
"言葉"以外で心理描写をする文芸作品
まず、この仕事を成し遂げたスタッフ陣に感謝します。
オーボエのみぞれ フルートの希美の想いの行き違いと その解消、お互いの想いを知った上で明日へ向かう単純なストーリーですが、その心理描写の掘り下げ方が半端ない。
「響けユーフォニアム」自体も各メンバー間の複雑な心理描写を展開する優れた作品でしたが、対象をみぞれと希美の二人に絞り掘り下げて心理描写を突き詰めた感があります。
その心理描写も 口から出る言葉(台詞)ではなく 目の動き、足先の動き、靴の脱ぎ方、手の表情 という身体の一部や 水槽、楽器、廊下に映った影、空という記号的な間接描写で表現されており、台詞にして口に出した方がよっぽど楽だけれど、台詞にしてしまうと深みのある解釈が出来ず安っぽくなってしまう心理描写を丁寧に描いていました。
その手法も、近景ボケ、対象、遠景ボケという遠近構成、ロングショット、近接ショット、無駄な空間をあえて入れたアンバランスな構図等々 言葉にならない心理状態を鑑賞者が読み解けるように配慮した画面構成は並の力量(と予算)では出来ない。全編にわたり、表現の一貫性が持続してます。
配色もディズニー作品と正反対の極めて淡白な水彩画みたいな色調で淡々としたストーリーに沿っていました。
それに、特筆すべきは音場ですね。
画面カット毎に、誰が喋って どこから聞いているかを音で分からせる。BGMは極力控えめにして学校の背景音が臨場感を増し、必要に応じてノイズのみで表現する。また、最初はちぐはぐなオーボエとフルートの演奏が最後に豊かさを溢れさせたシーンは圧巻でした。
例えて言うなら、音楽の録音方法に演奏者毎に近接マイクを立てて 楽器の音を直に録音してミキサーでミックスダウン調整して音場を作り出す"オンマイク"という手法があります。非常にクリアーな音が撮れる反面、楽器の位置、ホールでの響き、雰囲気などが作り物臭くなります。ほとんどのアルバムがオンマイクで作成されます。一方、マイクを離して2本だけ立てて収録する"オフマイク"という手法がありますが、楽器から遠いのでオンマイクほど音色がクリアーではありませんが、楽器の位置や雰囲気が自然に再現される良さがありますが、完成度を上げるには無音に近い環境を作り、マイクを立てる位置を突き詰めるため、難度が高く めったに使われません。
この作品は、映像表現も音響も含めて あえて"オフマイク表現"に挑戦し、高い完成度に仕上げた稀有な作品でした。
学校の中だけという 極めて限定されたレギュレーションに絞ってその分 深さを極めた表現は素晴らしいの一言 多彩なシチュエーションで表現する方がスタッフは楽だと思いますが、あえて難しいシチュエーションに絞ったのは良かったですね。その分、最後に二人が学校から出て歩くシーンがカゴの外を暗示していました。
深さを極めた反面、背景説明は一切なくて この過去の二人の起こった騒動や 前年度から吹奏楽部が2度めの全国を目指すためオーディションを行ったとか、先輩指導者である新山聡美、橋本真博がどういう人物でキーを握ってきたか等々の過去背景に関しては全く語られず ユーフォ初見の鑑賞者に対して不親切になってしまったと思いますが、黄前、高坂のメインキャストも含めて薬味程度にに使うだけで あえて切り捨てたのは英断だと思います。
この作品は、心理描写を簡単に説明せず画面と背景音で鑑賞者に読み解かせ、解釈の余地を残した文芸作品のため、見ていて気が抜けず疲れますが 終わった後に「出来のいいものを見た」という満足感があって とっても良かったです。
表現が深い分、2度、3度と見ると新たに発見する要素がありそうで 2度めを見るのが楽しみです。