「人類の存続と個体差」スターシップ9 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
人類の存続と個体差
いまやIDという言葉を知らない人はあまりいないだろう。パスワードと合わせてネット利用に必須である。日本語に訳すと自己証明あるいは個人認証といったところだろうか。
人間は自分の存在証明を求める。時間的に求めるときは祖先など、自分のルーツを探る旅に出る。社会的に求めるときは、個体としての自分の存在価値を得るために様々にもがく。他者との差別化を図ろうとするのだ。
しかし人類が滅亡の危機に瀕したとき、人間の個体差よりも人類としての存続が優先されるかもしれない。その場合、人間の生きる意味というものが果たしてあるのか?
科学者の孤独な頭脳の中には、人類との大いなる共生感が存在するかもしれないが、そこには現実に生きている個々の人間は存在しない。幻想としての人類を生き延びさせるための計画が、実存としての人間の個体差を否定し、生きる意味も否定する。
この映画は、個体差が生み出す顕著な事例である恋愛を補足的なテーマとして、人類存続について問いかける壮大な作品である。権力は人類の存続を模索するにあたり、権力の存続とセットにしてしか考えることができない。その状況下で、個人はどのように状況を受け止めてどのように行動するのか、その思考実験がそのままストーリーとなり、作品の世界観となっている。なかなかの傑作である。
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