劇場公開日 2017年7月15日

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「タイトルが訴えかけてくる」彼女の人生は間違いじゃない 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0タイトルが訴えかけてくる

2017年7月30日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

 東日本大震災の原発事故を描いた映画を観た順に挙げてみる。

 希望の国
 あいときぼうのまち
 日本と原発
 STOP

 今更だが、福島原発のある福島県双葉町には「原子力明るい未来のエネルギー」という看板が鳥居のように道をまたいで立っていた。映画で象徴的に使われる看板だったが、すでに撤去されてしまっている。

 人は皆、その所属する共同体を自己存在の拠りどころとする。その場所を「故郷」「祖国」などと名付けて、現在の自分に紐づけることでアイデンティティとするのだ。共同体は国や地方自治体に限らず、場合によっては会社であったり、学校であったり、部活動であったりする。
 何らかの要因で共同体との繋がりが断ち切られたとき、人はアイデンティティを失い、同時に自信も失ってしまう。大学卒業から定年までの38年間を一つの会社で働いてきた人は、退職と同時に根無し草となってしまうのだ。どこかに自分の居場所を見つけ、アイデンティティを取り戻し、自信を取り戻さなければならない。そうしないと生きていけなくなる。

 原発事故によって住む家を失った人々もまた、同じようにアイデンティティの喪失による流浪の民と化している。避難所生活に自分の居場所はない。
 本作の主人公は女性である。女性が女性であることによって居場所を得られる手っ取り早い選択は、売春婦になることだ。誰かが自分の体で喜んで、代金を支払ってくれる。女としての自分の体には、存在価値がある。
 しかし結婚はどうだろう。結婚のためには、女としての体だけでは不十分だ。いずれ歳を取り、女体は魅力を失っていく。人間としての存在価値を認めてもらわなければ結婚はできないのだ。

 本作はアイデンティティの危機に瀕した女性が、再び居場所を見つけ、生きる希望を見出そうと一生懸命にもがいている様を描いている。一緒に暮らす父親は母親の喪失感にいまだにどっぷりはまり、脱却する見込みはない。父親を家に残して週末に通う渋谷のデリヘルで、見知らぬ男の体に触れ、金を稼ぐ。安っぽい倫理観で彼女を責めることはできない。ほかにどんな生き方があるというのだ。彼女の人生は間違いじゃないのだ。見終わった後に、タイトルがそう訴えかけてくる。

耶馬英彦