「インスタ女子」ボンジュール、アン かぴ腹さんの映画レビュー(感想・評価)
インスタ女子
ロードムービーはアメリカの十八番。多くはアメリカ大陸の殺風景なハイウェイをホコリまみれになりながら旅するものだがこの映画は今風な言葉を使うなら「真逆」。円熟した大人のおしゃれなフランスの旅だ。
映画プロデューサーをする夫とともにカンヌにやってきたDiane Lane。映画は夫役が前日に日本人と接待があり、お辞儀で腰が痛かったと愚痴るシーンではじまり、小馬鹿にされてちょっといやな感じ。やはりこの世代にとって日本人はステレオタイプでしか見られない、好まれない対象なのかと思った。いわゆる日本のバブル経済のころを体感した彼らは日本に対していい印象を持っていないだろう。丁度今の中国をみる我々のように。
だが一方で日本のパズル、「数独」がそのまま”Sudoku"と発音されてフランスのコンビニに売っている。アメリカ人のDiane Laneがフランス人にそれを手ほどきをしているシーンもあったりして。日本と欧米の関係も円熟味をましていることも垣間見える。
南仏の陽光を楽しむ暇もなく夫の携帯は仕事で鳴り続ける。ビジネスジェットでプラハに飛ぶ予定が、Diane Laneの耳が痛くなり、急遽夫のビジネスパートナーのフランス人とともに車でパリに向かうことになる。
このフランス人、真っ直ぐパリに行かない。夫が電話している姿ばかり見ていたDiane Laneにアメリカ人が憧れそうなベタなフランスの魅力を見せて回る。
手始めにフランスが誇る芸術。絵画は展覧会で観ることができるが、モチーフの風景そのものは現地に行かないと見られない。それがハイウェイを走りながら「あれがサント・ヴィクトワール山。セザンヌの絵の」なんて言えるのは他の国には逆立ちしたって真似できない。
ロードムービーお決まりの車の故障も、マネの「草上の昼食」ばりに優雅なピクニックになる。もちろんDiane Laneは服を着ていたが。
レストランでダンスが始まるとルノワールになる。
旅の体験が芸術作品の1シーンになるなんてなんとロマンチックなことか。
出てきた芸術が印象派周りの有名どころばかりなのはアメリカ人のレベルに合わせてやったのか(と、結構冒頭のシーンを根に持っている)。
ローマ時代の遺跡。2000年前に架けられた壮大な水道橋。歴史の浅いアメリカ人のコンプレックスを直撃する——とういのもステレオタイプだろうか。
極めつけはグルメ。目(舌?)の肥えた人の映画評では物足りなさもあったようだが、フランス人の見つけた穴場レストランでの食事風景は食文化の深さを見せつけられる。ワインは銘柄がどうのとか豪華な料理というわけではないが、夢中になって薦めるフランス人、堪能するDiane Lane、二人の演技が見ているこちらも幸せな気分にさせてくれる。
他にも刺繍好きといえばすぐそばに刺繍博物館があったりと、文化の深さどっぷりつかった旅になった。
旅の途中に寄った教会で母子像を見て涙する。かつて病弱で生まれてすぐ死んだ最初の子供のことが思い出されて。
夢中で人生を走っていると知らぬ間に傷を負っている。ほんのちょっと立ち止まって周りにある豊かなものに気づけば、それを楽しめば少しは癒される。そんなやさしい旅だったのだと思う。
さして大きな展開もなく、フランス人とDiane Laneの関係も結論が出ないままだが、そんな微妙な距離感でも納得する調和をもたらすのはやはり成熟した監督の感性とDiane Laneの円熟した演技に負うものだろう。こんな映画に出会うとアメリカ映画もまだ捨てたもんじゃない、とうれしくなる。
どんな旅でも旅はphotogenicなものである。ましてこんなおしゃれな旅ならば。「家族を支える妻」という古風な時代と少し乖離しているのはDiane Laneがしきりに写真を撮る「インスタ女子」になっていることだろう。
かつて日本人が海外旅行で現地人、特に欧米人から「日本人は旅行に来ても写真ばかり撮っている」と揶揄されたものだが、今や全世界的潮流だ。
あの批判はなんだったのか、やっぱり最初のシーンを根に持っている。