「そんなにドイツの右傾化が気になるのか?」ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)
そんなにドイツの右傾化が気になるのか?
ここ数年極端にナチス関連映画が増えたように感じる。
特に今年は多い。
今年筆者が観ただけでもナチスが登場した映画は、『ヒトラーの忘れもの』『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』『マリアンヌ』『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』『ヒトラーへの285枚の葉書』『ダンケルク』『プラネタリウム』と7本を数える。
このうち『ヒトラーの忘れもの』だけが、デンマークで地雷撤去をさせられるドイツ少年兵の悲哀を描いているが、それ以外はナチスの横暴さを連想させる作品ばかりだ。
もちろん本作もその系譜に連なる。
なんとなくナチス映画が増えている理由は想像がつく。
ドイツも含めたヨーロッパ各国、そしてアメリカでもナショナリズムの傾向が強まっているからだろう。
特にドイツでは前回の選挙で「ドイツのための選択肢」(AFD)という政党が94議席を取って第3党となる大躍進を遂げた。
移民制限を政策に掲げるAFDは欧米各国で「ナチス」というレッテルを貼られて忌み嫌われているが、ではそんな彼らがなぜこれほどドイツ国民から支持を集めたのだろうか?
メルケル首相の難民受け入れ政策により2013年は17万人、2014年は20万人、2015年は110万人、2016年は30万人の難民がドイツに流入している。
難民のほとんどが青年男子だが、ドイツ語を話せないために、75%が長期失業して生活保護を受けている。
ドイツ連邦統合省の統計によると、今後5年間で難民や移民の1/4〜1/3しか労働市場に参入できず、200万人以上がドイツ国民の税金で生活保護を受けるのだという。
また昨年大晦日にケルンでアラブ人・北アフリカ人を主体とした1000名によってドイツ人女性に対する集団性的暴行・強盗事件が起きた。被害届だけで500件以上にのぼっている。
このような状況下ではむしろAFDが票を伸ばさない方がどうかしている。
またAFDは「移民排斥を訴える極右政党」とレッテル貼りされているが、彼らの政策を具体的に見ると実際は全く違う。
高度人材の受け入れに反対はしていないし、犯罪者の強制送還、帰化した者でも重犯罪者は国籍剥奪、難民の受け入れ数の上限設定など至極真っ当なことを公約にしている。
AFDの躍進により、さしものメルケル首相も年間の移民者数を20万人に制限すると表明し始めた。
実は映画業界はマスコミがスポンサーであるケースも多くリベラルな思想や場合によっては極左に近い思想の影響下にあると思った方がよい。
ヨーロッパ映画はハリウッドほど政治的ではないと思っていたが、昨今の映画制作の流れを見ているとやはり政治的であることがわかる。
日本では今年から来年にかけてまだまだナチス関連映画が上映されるし、今後も世界各国で制作が続くと思う。
たしかにナチスのユダヤ人虐殺は許し難い蛮行であるが、こうもナチス憎しの映画が続くとかえって裏の事情が読み取れてしまう。
またそもそもナチスの台頭も、ドイツが第一次大戦の敗戦国となり経済がボロボロになったことにより、その巻き返しとして起きた現象である。
緊縮財政という自分で自分の首を絞めるアホな金融政策を取るドイツで自国民が第一になるのは当たり前の流れである。
なおAFDは移民に反対しているだけではなく、EUからの離脱、緊縮財政への反対も唱えている。
世界は今、金・人・物が無制限に動けば動くほど良いと考えるような極端なグローバリズムに嫌気が差し始めている。
さて本作で描かれているようにドイツ高官で唯一暗殺されたのがハイドリヒになるが、その報復でチェコでは13000人もの人々が殺されてしまったため、これ以降ドイツ政府高官の暗殺計画は立案すらされなくなる。
またハイドリヒはナチス内でも嫌われていたようで、陰謀説まで存在するようである。
本作の本編が始まる前に、例によって「実話に基づく」と断りが入る。史実を大幅に変えてしまう作品も多いが、本作は比較的史実に忠実なようである。
なおナチスに密告をして仲間を売ったカレル・チュルダは戦後にナチス協力の罪で処刑されている。
このエンスラポイド(類人猿)作戦を扱った作品は他にフリッツ・ラング監督の『死刑執行人もまた死す』がある。
白黒映画であり、筆者が観たのは大分以前なので内容も殆ど記憶していないものの、本作のように悲壮な印象がない。
本作はナチスの非道さや暗殺に関わったチェコ人たちの悲惨さが強調された作品になっていると思う。
後にチェコ人の大量虐殺を招いたことにより暗殺部隊の行動は必ずしも英雄的であるとは言い難く、本作でもそこは意識された展開になっている。
ヨゼフ・ガブチークを演じたキリアン・マーフィーは、ダニー・ボイル監督作品の『28日後…』を観て以降、ケン・ローチ監督作品の『麦の穂をゆらす風』でIRAのメンバーを演じたり、その他『バットマン・ビギンズ』から最新作『ダンケルク』までクリストファー・ノーラン監督作品によく出演しているし、『サンシャイン2057』や『白鯨との戦い』、登場人物全員で騙し合い・殺し合いをした『フリー・ファイアー』など、観た映画全てで何かしら忘れ難い演技をする俳優だと思う。
一方、相棒のヤン・クビシュに扮したジェイミー・ドーナンは筆者にはあまり演技がうまいとは思えず印象にも残らない。どこかで見たことはあると思いながらも上映中は全く想い出せず、後に『フィフティ・シェイズ』シリーズの主役であることがわかるぐらいである。
ドーナンの相手役を演じたシャルロット・ルボンはすぐに『イヴ・サンローラン』や『ザ・ウォーク』に出演していた女優であるとわかった。
他には『裏切りのサーカス』や『奇跡がくれた数式』に出演していたトビー・ジョーンズが本作においても相変わらずいい味を出している。
政治的な意味合いでナチス関連映画が多く制作されるのは結構だが、内容がステレオタイプの作品が多作されればされるほど飽きられていくものだから、かえって逆効果になることは制作者側も理解した方がいいだろう。