「毒まんじゅうでも喰らいやがれ」映画 山田孝之3D いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
毒まんじゅうでも喰らいやがれ
壮大なテレ東クオリティによる、フェイクフィクション。ドキュメントインタビューのプロットで、俳優『山田孝之』という"芸人"を表現していく作品である。
とにかく作品そのものが疑問符であり、テレビ番組でのスプーン1杯分のフリの回収がある位で、後は正直、微妙な空気が全体を覆い尽くすなんとも『くえない』雰囲気に支配され、メディアの大人達という『キツネ』につままれる体験を無駄な3D撮影と共に十二分に堪能できる仕上がりだ。
松江、山下両監督も、『山田孝之の東京都北区赤羽』での視聴者を煙に巻くという演出方法をどこかで映画に活かせないかとの試行錯誤なのだろうが、こればかりはもう少し熟孝が必要なのではないだろうかと疑わざるを得ない。気持ちは充分伝わるのだが・・・
一人用のソファに腰掛けながら、浮遊するように山田が浮かび、背景にはその時々に語る内容に則した映像(語る一寸くいぎみに出るので予告的)が流れる。テーマは多岐に渡り、恋愛観、生い立ち、過去の恋愛や学生時代の話、家族との関係性、演技のアプローチ等が次々と披露される。驚愕はラストの台詞、全部嘘と言い放ち、ロールエンドになるのである。
この手の内容だから、別に真剣さを期待してはいないのだが、もう少し、テレビ番組でのあの激情的なストーリー展開をもっとみせて欲しかった。どうしてもインタビュー形式だとああいう作りにしかならないものだ。
きちんとネタ振りを回収するか、若しくはそれさえも盆をひっくり返す劇的なオチをみせつけるか、そういうアイデアはなかったのだろうか?せっかく『カンヌ映画祭』という日本人にはあまり馴染みの低い、しかしやけに権威だけは誇示している鼻につくようなコンテスト大会に対しての皮肉を込めたアプローチに、なにかゲスな笑いを楽しんでいたのだが、この作品ではそれが踏襲されていないのは非常に残念である。
映画は、安くない料金をわざわざ支払ってまでも観たいと思うエンターティンメントだ。だからこそ制作者はその期待に応えて欲しいと願う。せっかく成長した木を無残に切り倒す真似だけはしないで欲しいものだ。