「帰るべき山を忘れてしまった現代のハイジたち」ハイジ アルプスの物語 jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
帰るべき山を忘れてしまった現代のハイジたち
スイスの作家ヨハンナ・シュピリが1880年(明治13年)に出版した小説が原作ですが、驚くのはそんな時代に書かれたこの小説が「子供の心の健康」をテーマにしていたということです。急激な近代化の中で最もおろそかにされ、最も省みられなかったはずの子どもたちの問題をメインテーマに扱うという先進性。しかも時代を越えて何度も映像化が続くという普遍性。どちらも兼ね備えた名作であると思います。
両親と死に別れ、自分を「いらない子」というハイジ5歳。でも彼女はどんなときもPositive Vibrationを失いません。ハイジ役のアヌーク・シュテフェンさんの笑顔に頑固じいさんもイチコロです。そんなハイジは3つの場所を移動していきます。
山:不便で快適でもないが、自然の中での自由な暮らしがある
里:真偽不明の噂話を信じる村人とおじいさんは対立しています。ありがちな田舎の不寛容さ、了簡の狭さです。
都会(フランクフルト):自然とのつながりが絶たれた人工的な空間であり、大人の作ったルールにがんじがらめにされる子どもたち
都会ですっかり心の健康を失ってしまうハイジ。彼女を救うのはおばあさまとドクターの二人でした。役に立たないのがクララの親父とロッテンマイヤーさんでした。
映画の中でハイジとクララが二人で家を抜け出し、街をさまようシーンが出てきます。馬車は走るし人は多いし、子供二人には危険です。都市というのは大人の都合だけを優先してデザインされており、子どもたちには極めて危険で居心地の悪い場所だということがよく分かるシーンでした。便利で快適で清潔な都市生活を手に入れた代わりに失ったもの、それは自然とのつながりと子どもたちの心の健康です。都市ほど少子化に傾いていくのには理由があります。
ハイジの「山に戻りたい!」という強烈な衝動は現代人の私達の心の奥にも潜んでおり、それがアウトドアブームや登山ブームなのではないでしょうか。私たちも、この退屈な都市生活を抜け出して何世代も前の生活に戻りたいという衝動を抱えているのでは。
もうおじいさんもおばあさまも優しいドクターもいません。いるのは無理解な親とロッテンマイヤーさんばかりの世の中です。現代社会の世界中のハイジやクララたちは、毎日スマホをいじってばかり。ヨハンナ・シュピリさんが現代の子どもたちの暮らしぶりを見たら、果たしてなんと言ったでしょうか。現代のハイジたちは帰るべき山も忘れてしまいました。
おじいさんのように自然と対峙して自立した生活を営むのは男の憧れでありロマンでもありますが、現代の私達にはそんなこと真似できません。私達は教科書で知識のみを学び、自力で生きるための知恵もスキルも捨ててしまいました。頑固で誇り高いおじいさんは死に絶え、金持ちのクララの親父ばかりが増えてしまいました。ペーターが頑なに文字を覚えようとしないのは、山で生きるのに大切なのが知識ではなく知恵であることを無自覚ながら知っているのでしょう。