劇場公開日 2018年3月10日

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「吉永小百合による、吉永小百合のための映画」北の桜守 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0吉永小百合による、吉永小百合のための映画

2019年11月1日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

本作は、日本を代表する国民的女優・吉永小百合3年ぶりの新作にして映画出演120本目の作品です。数十年来のサユリストとしては見逃す訳にはいかず、東映本社お膝下の、年季を感じるややクラシカルな風情の丸の内東映で観賞して来ました。
何より特筆すべきなのは、撮影時点で72歳の、而も女優が主役を張り続けていることです。彼女が共演した際に、俳優として厳格に自らを律するその姿勢その生き方に強く啓蒙された故・高倉健も遺作『あなたへ』まで主役を続けましたが、男優ならともかく、また老女をクローズアップするような際物的企画で偶々主役に抜擢される訳でもなく、連綿と主役であり続け、而も悉く観客を映画館に呼び続けヒットさせているのは驚異的であり、世界的にも稀有な現象です。
本作も上映4週間を経て、興行収入は10億円超に達しており、正に国民的女優たるに相応しい快挙といえるでしょう。

ただ作品の出来は、"吉永小百合、北の三部作シリーズ最終章”と謳うほどには、ストーリー展開は散漫な印象を拭えず、主人公の心象を舞台劇で演じさせるという凝った演出も、私には奇を衒った感だけが残りました。
終戦直後、ソ連軍侵攻下の騒乱と混沌に晒される樺太から、瀕死の状態で家族と網走に流れ着いた「江蓮てつ」という女性の、貧困の中でも逞しくも毅然と生き抜き息子を烈々と育て上げた壮絶な半生を描く物語は、悲壮感と時代の激動感は醸し出しつつも、もう一つ感情移入しきれないもどかしさを感じたしだいです。
思うに、アカデミー外国語映画賞を『おくりびと』で受賞した名匠・滝田洋二郎監督にしてすら、吉永小百合を遇し切れなかったということでしょう。出演100作目以降の彼女の出演作は、市川崑、深作欣二、坂東玉三郎、舛田利雄、大林宣彦、深町幸男、行定勲、堤幸彦、阪本順治、成島出等々、錚々たる現代の巨匠・名匠の監督作揃いですが、山田洋次監督作の一部を除いて、率直にいって佳作とは言い難い出来栄えだったと思います。
その理由は、吉永小百合という女優を持余し自家薬籠のものと出来なかったことに尽きます。良くも悪くも、もはや一女優を解脱して、恰も神格化・聖母化した彼女の、あまりに神々しい高貴な存在感、その強烈なオーラを御しきれなかったということでしょうか。
彼女にとっても、国民的女優にして未だに代表作がないという不幸が付き纏う結果を齎しています。

ただ映画のクライマックス、ラストに近い場面で、彼女が総白髪で黙々と桜の手入れをするシーンがあります。やや仰望したアングルからのショットでしたが、その美しさに思わず息をするのを忘れ、スクリーンに惹きつけられました。息を呑み、鳥肌が立ち、目を瞠りました。夢幻にして幽玄、老女でありながら童女のような、芳醇にして清冽、奪衣婆のようにして菩薩の如き、そのこの世のものと思えぬ絶世の美に、暫く忘我の境を彷徨いました。
映画館で斯様な美しさに感動したのは、『羅生門』の京マチ子以来、数十年ぶりの経験です。

自称・長年来のサユリストとしては、作品全体はともかく、このシーンを観られたことのみに大満足し大いに堪能しています。

keithKH