いぬむこいり : インタビュー
有森也実の女優魂に火をつけた4時間超「いぬむこいり」
ベテラン女優の有森也実が4時間5分の超大作「いぬむこいり」(5月13日公開、監督・片嶋一貴)に挑んだ。同作は伝承民話「犬婿入り」をモチーフに、アラフォーのダメダメな小学校教師、梓が、神のお告げで宝のある島へ向かう道中、ペテン師、革命家、顔が犬、体が人間の“犬男”らと出会う4章構成の奇想天外なストーリー。映画「キネマの天地」(1986)やドラマ「東京ラブストーリー」(1991)での清純派のイメージが強い有森だが、犬男との濡れ場や全裸シーンなど体当たり演技を見せる本作は、代表作の一つとなりそうだ。濡れ場には抵抗感はなかったという有森が、本当に大変だったこととは?(取材・文/平辻哲也、写真/江藤海彦)
監督は、故鈴木清順監督の「ピストルオペラ」「オペレッタ狸御殿」のプロデューサーを務め、「アジアの純真」などエッジの効いた作品を送り出している片嶋氏。足かけ4、5年の企画という。
「有森主演で何か1本映画をやりたいね、と話を頂きました。元々は多和田葉子さんの小説『犬婿入り』を映画化しようという話で進んでいたのですが、諸事情でダメになってしまい、監督がオリジナルで作ろうと新たに練り直したのが今回の作品。すごく長い話だったので、最初は、撮れたらいいよね、すごいけど、できるかな、そんな感じ。ちょっと現実離れした感じから始まりましたね」
片嶋監督作品への出演は4作目。「小森生活向上クラブ」(2008)では小市民からカリスマへ変貌していく主人公の妻役、「たとえば檸檬」(12)では境界性人格障害の女性、「TAP完全なる飼育」(15)ではヒロインの母でヤクザの情婦を演じてきた。「たとえば檸檬」も、役に想定した当て書きだったが、今回は等身大の自分を出すことに決めたという。
「“有森也実”という人を演じないで出来たら梓になるな…というイメージがありました。ただ、演じる方が楽しいし、いろいろ切り替えられるので、演じないという役づくりは、行き詰った時が大変です。今回はその連続だったんです」
撮影が行われたのは15年夏、鹿児島・指宿。「撮影日数は32日間でしたが、滞在したのは約1か月半。4時間を超える作品としてはタイトですよね。肉体的にも精神的にも大変でした。でも、他の人達は『楽しかった!』と言っているみたいで、私だけかな? 『大変』と言っているのは……。若い時はドラマでも、何回も主演をやらせていただきましたが、その時はまったく意識したことがなかった。この年になって初めて、主演をやるというのは、こんなに大変だったのかと思いました」と苦笑い。
第3章に登場する、話題の“犬男”との濡れ場については「特に何も思いません」とサラリ。「1、2章は現実的な世界が広がっていて、3章では梓が異世界と出会い、彼女が解放される章。性的な描写や心の解放が『犬婿入り』という伝説と重なり合わさり、素敵なシーンになっていると思います。とても気に入っています」。筋トレと幼い頃から続けているバレエで、体作りも努力した。
4時間超の大作。ましてや主演ということで、2本分以上のエネルギーが必要ではなかったか。「撮影が本当に大変で、女優って、仕事はこんなだったのか。本当に逃げ出したくなりました。これ終わったら、もういいかな、ほかのことを考えようと思ったほどでした。監督は、現場のライブ感を大事にしていて、テイクが多い。それが真骨頂であるというのも分かっていました。それにしても、OKが出ないんです。何を求められているのか、分からない。『たとえば檸檬』や『TAP 完全なる飼育』は演じるキャラが強かったので、色をのせていけばよかったのですが、今回の役はあまり演じたくない。となると、私からは何にも出ない。監督からアイデアをもらわないと、前には進まない。しかし、監督は『なんか違う』『もう1回』というだけ。きつかった」
物語は主人公の行動で進んでいくパターンが多い。しかし、本作は周囲に巻き込まれる形で、旅が続いていく。そこにも難しさがあったという。「4章立ての中で、シチュエーションも違うし、関わってくる人間たちも違う。テーマも変わってくる。その全部を蓄積して、4章に挑まないと作品にはならない。主演の演技は、“受け”なんですよ。いくら自分がいろんな準備をしてきたとしても、その現場で(主人公の)梓として過ごした時間とみなさんが作ってきたキャラクターがないと、出来ないんです」
今でこそ積極的にインタビューを受けているが、昨秋、初号を見た時はショックを受けた。「えっ? こんなものなの? と思いました。私自身が現場で経験したことの方が辛かったから……。これじゃあ、梓が(物語の中で)置いてきぼりじゃないの。監督が撮りたかったのは、これなの? と思ったのが正直な思いです。まず撮影のダメージから立ち直れていなかったんですね。1年ぐらいは『いぬむこいり』の話ができなかった。1年半経って、やっと。立ち直れた、というよりも、この作品によって、今までの女優人生を受け入れられるようになった、という感じですかね」
今年12月に50歳。1986年、小中和哉監督の映画「星空のむこうの国」で主演デビューし、キャリアは30年を超える。同年公開の松竹大船50周年記念作品「キネマの天地」について話を向けると、「ハハハ、いやだぁ。そっちの方が怖ーい」と顔を手で覆って、のけぞって少女のように恥ずかしがった。
「キネマの天地」では、有森演じる新人女優の小春が思うような演技ができず、リテイクを重ね、撮影を翌日に持ち越す印象的なシーンもあった。「あれは実際にも全然できなかったんです。山田監督が『今日はダメだ。明日』って。(共演の)渥美清さんからは、演技について根本的なことを教えていただきました。劇中、渥美さんが私を殴るシーンがあったんです。私は『演技ができないから、本当にぶって欲しい』と言ったのですが、『お芝居ですから、それはできないです』とおっしゃるのです。今振り返ると、とても恵まれたスタートだったと思いますね。その後は、映画からドラマの過渡期でもあって、なかなか映画には出会えなかったですけども、そんな中で、出会えたのが片嶋監督です。大作ではないですが、監督の思いの入った作品に出会えたのは女優さんをやっていて、よかったなと思います。映画ならではの表現は受け継がれているので、これからは女優の一つの表現として、もっとやっていきたい。3年に1本くらい、いい作品に出会えるように努力したい。今はドラマからネットドラマへの過渡期にもなっていますから、どうやって女優として生き残っていくかを考えない、といけませんね。いずれにしても、演じることには変わりませんから」
“女優引退も考えた”という本作を機に、ますます女優魂に火がついたようだった。