「オチを知っていると全くハラハラしない」オリエント急行殺人事件 曽羅密さんの映画レビュー(感想・評価)
オチを知っていると全くハラハラしない
本作には今思うと苦い想い出がある。
高校時代に同級生から結末をばらされたことだ。
結末を知らないと本作を楽しめるかもしれないが、筆者はどうせ最後はこうなるんだよな、という逆算をしながら映画を観てしまったせいかあまり楽しめなかったというのが本音だ。
ただ、これを機にアガサ・クリスティーの原作小説を読むことにした。
1974年のシドニー・ルメット監督作品までは観ていないが、原作を読んだ上で本作について述べていこうと思う。
まず俳優陣は文句なく豪華である。
殺され役として早々に物語から退場するラチェット役をジョニー・デップが演じる他、ミシェル・ファイファー、ジュディ・デンチ、ウィレム・デフォー、ペネロペ・クルス、監督と主演を兼ねたケネス・ブラナーと錚々たる顔ぶれである。
『スター・ウォーズ』新シリーズの主役レイに抜擢されたデイジー・リドリーも出演している。
一見するとレイと同じ女優には思えないが、だんだん観ているうちに外見も内面も綺麗というよりも力強くゴツい印象が強くなっていくのでやはりリドリーらしさがにじみ出て来る。
リドリーの演技はまだまだ発展段階のように感じた。
なお本作を観ていて『スター・ウォーズ』はシリーズ第1作から主演俳優が総じてもっさいなとつくづく感じてしまった。
ルーク役のマーク・ハミルやレイア姫役のキャリー・フィッシャーは子供心に美男美女に思えなかったし、レイ役のリドリーもまたしかり。
また本作を観る前からハンガリー出身の世界的なダンサーであるセルゲイ・ポルーニンが本作に出演することは知っていたので、アンドレニ伯爵を演じているのに注目していた。
原作でもハンガリー出身の貴族であるが、今回はポルーニンにあわせてダンサーという設定まで追加している。
しかし、ちらっと踊りを見せるくらいなので本当にダンサーの設定が必要だったのかは疑問である。
筆者はポルーニンの存在を『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン』というドキュメンタリー映画で知ったのだが、内容は特に終盤でやらせのような演出を感じたものの、彼の踊り自体は本当に素晴らしい。
そのため一方では監督のブラナーが作品に彩りを添える華として少しでも彼に踊らせたいと考えるのも無理はないとも思う。
筆者がどうしても昨今の映画で違和感を感じるものに無理な黒人の起用を挙げたい。
最も黒人差別の激しかったアングロ・サクソン系が主流な国家の映像業界において顕著で、まるで罪滅ぼしでもするかのように本来は白人しか登場しない歴史作品においてすら必ずと言っていいほど黒人が起用される。
本作でもレスリー・オドム・ジュニア扮する黒人医師アーバスノットが容疑者の1人になっている。
人種差別にはもちろん反対だが、そもそも蒸気機関車が主流に走るような時代の1等客車に医師として成功した黒人が乗れるとは思えない。
現に原作のアーバスノットは本来はイギリス軍人(大佐)である。
メキシコ人俳優マヌエル・ガルシア=ルルフォが演じた車のセールスマンであるマルケスは、恐らくは原作の2等客車を利用するイタリア生まれのアメリカ人フォスカレッリを人種に合わせて大幅に変更したキャラクターであろう。
デフォー演じるハードマンも私立探偵から教授に変更され、クルスが扮したピラール・エストラバスは、原作のスウェーデン人女性のグレタ・オールソンに換えて登場した新キャラクターである。(他のアガサ作品には登場する人物らしい)
ここまでキャラクターに変更を加えるならいっそのこと完全に現代に時代設定を移した作品に翻案すればいいのではないだろうか?
本作は実際に走行可能な列車を再現するなどセットや小道具はかなり豪華であったが、このように人種に配慮するあまり歴史背景としての無理な設定をねじ込んでしまっては作品世界を壊しかねない。
なお原作は3部構成で、各容疑者の証言をポアロが個別に聞き取りをする第2部の「証言」に最もページ数が割かれている。
ただこれを原作通りに映像化すると冗長で退屈になるので、本作では数人を一気にまとめて証言させたり、インサート映像を交えたりしながら飽きさせない工夫をしている。
また原作では物語の全てが列車内で完結しているが、本作では種明かしは列車を降りたトンネルで行っている。
同じ場面を複数使用すると映像として変化がないので、それを嫌っての展開だろう。
ルメット版を観たり、原作小説を読んだりした上で本作を観ると違いに戸惑ったり憤ることがありつつも比較する楽しみを見出すことができるかもしれないが、一番いいのは全く何の前情報もないまま本作を観ることであろう。
そして最も駄目なのは筆者のように作品の細部は何も知らなにのに結末だけは知っている状態であろう。
真に一瞬もハラハラしない。
いずれはルメット版も観たいと思う。
アガサ原作のミステリー小説の映画化が既に2作品決定しているらしい。
前回はルメット版の『オリエント急行殺人事件』を皮切りに10作品制作されたようだが、3作目当たりからスケールが徐々に小さくなってしまったようだ。
ポアロもので行くのか先行きが気になるところである。