三度目の殺人のレビュー・感想・評価
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是枝裕和のおくる心理サスペンス
福山vs役所だけでも興味をそそる。
全く笑うところがないシリアスな映画だ。
難しいし、考えは観るものの側に委ねすぎている。
よく言うと攻めている。
海街ダイアリーで子役のような演出をされていたすずちゃんを敬意を持って福山、役所と同格に扱っている。斉藤由貴もよかった。
勝ちに拘るエリート弁護士(福山)がサイコパスな被告人(役所)に翻弄され真実もわからないモヤモヤしたまま終わらしている。
役所と福山のアクリル越しの接見で合わせ鏡のような演出も過去の是枝作品でない斬新なもの。巨匠になっても攻め続けている是枝裕和からは目が離せない。
原作読んでみたい
地上波録画を見ました。原作も上映も見ていませんが、だいぶ省略されている?
役所の人物描写、一度目の事件に至る心情、鈴の足の背景、手の力、カナリア、色々と伏線があるのに何も回収されていない。これでは根拠を持った想像・解釈もできない。『視聴者ごとの解釈』に至るまでの材料が端折られすぎている。
面会室の顔が重なるシーン、最後の神々しさ、表現したい事は想像できる気がするが、そこに繋げさせる材料が少なすぎる。
良心・後悔・愛情・不条理、テーマはすごくわかるのにとても残念。
殺人は2回なのになぜ「三度目の殺人」なのか、本当は何があってなぜ殺...
殺人は2回なのになぜ「三度目の殺人」なのか、本当は何があってなぜ殺したのか、十字やカナリヤの意味、一切明かされないまま終わってしまった…
だからといって意味不明とかつまらないとかそういう単純なものではなくてそれこそ本当に見た人がこうであってほしいと思うストーリーにできあがるある意味完成度の高い作品だと思う。
いろんな人のレビューや解説を見るとなるほどと思うものもたくさんあって面白い。
けど私は答えがほしいタイプなので合わなかった。
法廷心理ドラマ…?
法廷心理ドラマと書かれていたので、どんな理由があって殺したのか、殺してないなら誰が殺したのか、期待しながら見ていた。
が、なんと、驚くほどに大どんでん返らなかった。
序盤の三隅の証言がかわったり、カナリアや十字架などの伏線のような意味深なモチーフがあったりしたところは面白かったので☆2。
それにしてもタイトルのイメージで勝手に東野圭吾かと最後まで思い込んでいたら、『万引き家族』『誰も知らない』の是枝監督だったとは。
成程、是枝監督の作品なら歓喜に解釈を委ねる形で終わっているのも頷ける。
しかしこれをサスペンスっぽく宣伝するのはずるい。
『怒り』を見たときにも感じたが、何が正しいのか、誰が裁くのか、観る人に考えさせたい気持ちはわかる。
それを含めたうえできちんとしたストーリーのもと一つの映画として完結させてほしい。
判例とかは調べてないんですけど、
裁判員裁判で、自白しか証拠がないうえに最終的に被告は否認しているのに、死刑になります?決定的な物的証拠があるとかならまだしも。
いくら前科者だったとしても、冤罪の可能性が少しでもあるなら、自分ならビビって死刑にはできないなぁ…というところに違和感を覚えたまま終わっちゃいました。
まぁ死刑にはならなくても判決が出さえすれば裁判は終わるので、三隅にとって結果はどうでもよかったのかもしれませんね。
全体として監督の言いたいことはわかるけど、表現しきれていないように感じました。こっちの感受性が足りないのかもしれないけど。
よくある弁護士もの、白黒つける映画ではない。 三隅は相手の事がわか...
よくある弁護士もの、白黒つける映画ではない。
三隅は相手の事がわかってしまう
憎しみや悲しみも感じてしまいその為に近所の人たちを苦しめていた高利貸しを殺してしまう。
今回の殺人も、親から性的暴力を受けていた娘の気持ちを感じて殺す
罪あるものに死刑を告げる裁判長に憧れるのは裁判長は告げるだけで自分の手を汚さずに済むからかな。
三隅は裁判長であり、刑の執行者
斉藤由貴に殺人依頼を受けたというのも、広瀬すずの事を見殺しにしていた事への罰として嘘を言ったのだろう。
真実より勝ちに拘る重盛が、一転して三隅の無罪を信じたのは、自分の娘を心から信じて守る事が出来ない重盛が、三隅が他人の娘のために殺人まで犯して守っていることを信じれなかったからではないか?
『あの娘は嘘つきなんですよ』という三隅の言葉を信じたかったのかも。
3度目の殺人というタイトルについては1回目に2人殺しているから今回3人目という安易な考えでしたが
他の方のレビューをみるとちがうのかも。
わざと負けて死刑になることを受け入れて自分自信を殺したのかなー。
福山雅治の演技はクドくて好きじゃなかったけど今回、上手くなってきたね。役所さんとの対峙がみもの。
真実は
是枝監督らしく問題提起型。それぞれの登場人物に感情移入して考える。
容疑者は弁護士の考えるような良い人だったのか。自分も含めてこうであってほしいことを弁護士は語るが、期待は裏切れられないのか、真実がとても気になる。何せ「空っぽ」の容疑者だから。
弁護士と容疑者のやり取り、アクリル板を境にした緊張感はこの映画でも良かった。
真実という名の迷宮へ
"土曜プレミアム" で鑑賞(録画【2018/10/13分】)。
ノベライズは未読です。
ましゃがひたすらカッコいい!
これだけは最初に言っときたかった(笑)。
ファンの叫びはさておき、是枝裕和監督が「ずっと描きたかった」と熱望していた迫真の心理サスペンス劇、開幕!
「裁判で勝てさえすれば真実は二の次」と云うスタンスの重盛弁護士でしたが、被告人・三隅と対峙する中で、彼の独特な雰囲気と底知れぬ何かに絡め捕られていきました。
ころころ変わる三隅の供述、被害者遺族の抱える恐るべき秘密、新たな証言と土壇場での予期せぬ事態。…予想のつかない展開の連続に手に汗握り、物語に引き込まれました。
福山雅治、広瀬すず、役所広司の演技対決が見どころだと思いました。物語が進むにつれて演技達者たちのアンサンブルが白熱し、画面に釘づけになりました。周りを固める脇役たちも適材適所な配役で、観ていて安心感がありました。
判決は下されたものの、結局事件の真相ははっきり明示されず、もやもやしたものが残ったまま終わってしまいました。
正直混乱しました。
判決文に明記されたことも、ただ裁判の中における「真実」であると云うだけで、実際は違うのかもしれないな、と…
犯人は本当に三隅だったのか?
咲江が抱える傷は癒されないままなのか?
そもそも、裁かれるべき人間は誰だったのか?
タイトルの「三度目」も様々な解釈が出来る…
残された疑問は山積みのまま…
真実には絶対的なものなど無く、それを見つめる人々の中にそれぞれの「真実」が生まれる。視点が違えば、解釈も当然違って来る。自分の都合の良いように思い込もうとしたり、そうであって欲しいと云う願望が真実になってしまう…
芥川龍之介の「藪の中」を読んだ時や、同作が原作の黒澤明監督作品「羅生門」を観た際も同じように感じました。
世の中に溢れている真実とは、もしかすると曖昧で漠然としたものばかりなのかもしれないと考えると怖くなりました。
何が正しいとか、何が悪いとか、いろいろな可能性がある中で、自分自身の考えと決断を信じるしかないのかもなぁ…
[余談]
そもそも撮影開始時点で脚本が完成しておらず、撮影中に筋が変わったり、場面の意味合いが変化したりしたそうで、是枝監督の中にも本作の真実は存在していないのだろう…
[以降の鑑賞記録]
2019/10/26:土曜プレミアム
あなたが信じたいストーリーを容れる、からっぽの器
それぞれが見たいもの、信じたいストーリーを好き勝手に被告人に貼り付けているだけで、結局“ほんとのところ”なんて知りようがないし、そんなものハナからないのかもしれない、ということでしょうか。
真相なんて重視してなかった主人公は、はじめはいつものように仕事上都合のいいストーリーを探していた。なかなかそれをくれない支離滅裂な依頼人に苛立ち、つい真相に興味を持って探求してしまった。
これが真相だと確信したが、それも結局は都合のいいストーリーに過ぎなかった?という少し皮肉めいたお話なのかなと。
被害者の娘の「私を助けるために」という“いかにも真相めいたもっともらしい動機”も、最後のシーンでクールに突き放されます。それはそれで、彼女が信じたいストーリーなのかもと。
前のシーンで、殺してほしいと頼んだわけでもないのにその願望が「伝わったんです」と頑なに言い張っていたのも“伝わったからやってくれたんだと、私はそのストーリーを信じたい”と考えれば納得できます。
そう考えれば彼女も気持ちの整理がつく。
気持ちの整理がつく都合のいいストーリーを誰しも求めてる。
「言うことがころころ変わって何を信じていいか分からない」非論理的な存在というのは、裏を返せば「あなたが“本当はこんな奴なんだろう”と信じたいように、どうぞ信じてください」という、どんなストーリー(論理)も受容できる“器”とも言えるのかなと。
それを論理的合理性の権化である法廷劇で投げかけるわけですから、痛烈だなと思いました。
真実の目は見えるだろうか?
地上波で鑑賞前に他でもこの作品を鑑賞済み。ただこの作品を見ていてとても気持ち悪さ、いや気分が悪くなる。この作品はほとんどの人は、モヤモヤ感だけしかないはずだが、自分には気分が悪くなった。残念だが二度と自分には鑑賞出来なくなるだろうと思い目に焼き付けた。誰が悪いわけではない。
答えを探してやっと落ち着いたのでまとめた。
それはこの作品自体がとても「矛盾」が多く存在する。
小さな矛盾と大きな矛盾この二つで成り立っている。
大きな矛盾は
三隅の証言への矛盾。
まず三隅…三隅自体は殺人に動機はない。常に相手から受け取った思いのみで殺人を犯してる。一度目の高利貸し殺しも被害者の影響を受けた事で殺人を犯してる。二度目の殺人も咲江の思いに影響を受けている。よって三隅自体に動機はらしい動機はない。それは証言の中でも出てきている。「自白」→「奥さんからの依頼」→「やっていない」の計3回。これは三隅が影響を誰かから受けるからであって、三隅本人の意思でもない。
重盛の真意の変化。
重盛は、摂津からの依頼で弁護をする事になる。会うたびに意見が変わる三隅に困った為重盛を呼んだ。ただ最初は三隅の謝罪文に対して妻が破いた手紙も「今は遺族が何やっても許されるんだ」と言うことを言っているし「なんで弁護するんですかーってこっちは仕事だっつーの」と突き放した感じで話している。その後三隅と面会室であってガラス越しに手を合わせ、三隅の事を知るうちにだんだん変化していく。摂津が盲目の人が触った象の話を出して、重盛はそれのような事件だと言うシーンがある。そして最後は三隅を知ろうとしてる。一貫性が重盛にはない。
違和感を感じる法廷。
裁判員裁判なのに裁判員は一切出てこない。あるのは法廷での裁判官・検事・弁護士のみ。ある意味淡々とこなす映像。真実を話す場ではないとは言えこれは、違和感がある。
小さな矛盾は
娘の存在。娘がいるにも関わらず一度も娘の出てこない。全く。前の職場の店長から「死んでほしい」って本人の意思は伝えられてるが。そして何故娘も足が悪かったと言うのか。その証言の映像はない。
二階から飛び降りた咲江。飛び降りた理由はわからないが嘘と断定するには診断書がないからなのか?それすら出てこない。生まれつき足が不自由な二階から飛び降りれないからか?それとも周囲に嘘を伝えていても検事は信憑性を高める為に周囲にも聞くのか?仮にそうだとしても多分大ごとにならずに病院に行ってなければ嘘になると言うのか?可能性では足がより悪くなるかもしれないが…。
三に固執してる状況。三に固執し3の物ばかり目につく所に3がある。地方裁判所の階段や弁護士の人数や家具三隅の部屋など…しかし3に固執しても3の意味が大勢は司法の弁護士・裁判長・検事を見てしまう。これも司法を表す上で十分になるがそこではない気がする。しかも三度目の殺人は誰を言ってるのかそれがわからずじまいで終わる。多くは三隅の死刑を表してると思う。しかし三隅の名前にも三が最初からあるのだ。弁護士も3人裁判官も3人で検事のみ2人理由は?となってしまう。
十字。映る十字。社長の焼死体跡、カナリヤの墓、雪合戦の妄想、十字路。十字の回収はされていない。そのままで終わる。
裁判長への手紙。ありえない。刑に服してる三隅が裁判長に手紙を送れない。いや裁判官に手紙を出しても届かないはず。出所してから書いてるとして何故住所を知っている。報復の可能性を秘めてる以上三隅がその気がなくても知る手立てはないはず。じゃなきゃ裁判長なんか出来ない。
検事側の証拠不十分の起訴。これはどうなのか自白だけで裁判をするのか?日本の司法では、自白も証言として扱い、証言人や証拠を集めてから起訴するはず。証拠不十分で証人もいない、前回殺人を犯したから裁判員裁判でも刑にかけれるとしてもそれをそのままやるには危険だし減刑される可能性がある。それと検事側は求刑を望んでるのかどうかすら情報がない。それ程矛盾がある。
面会室での両者の写り込み。面会室の映像を撮るとき写り込み防止としてライトの位置は気をつけて、カメラワークも注意する。それなのにこの作品では写り込んでる。わざとだろうと推測できる。ただこの手法では犯人像がボケてしまう。それを見込んで撮ってるとも思える。
以下の事を踏まえてこの矛盾の答えが「個の存在」そのものだとは思いもしなかった。正しいとか間違ってるとかは監督は答えてないので分からないが、三の意味は生・存在・死の三つだろう。司法ではなく。生は選別されて生まれてきて、存在は生きてる証生きてる以上見えない存在に支配されて影響を受けながら個の存在する。そして死に向かう。存在そのものを描いた作品は少ないが、三隅の存在がまるでいるようでいない存在。いや例えるなら都市伝説の口裂け女のように存在は誰もが知っていてだが、理由もなく殺す。まさにそんな存在が三隅。それを裏付けように周囲の証言。大家や咲江や娘(出てこない理由)が彼の周囲を取り巻き存在するように見える。三隅は生きてるし人間だがまるでファンタジーの生き物のような存在なのだ。人の心が解るのは1番強い負のエネルギーのみで手を返して伝わるわけではなく、目で見て伝わる。手からは強く感情が読み取れるレベルとなる。それが1番解るのが面会室での三隅と重盛の写り込みだ。写り込んでる二重に重ねる。三隅と重盛。そして少なからず影響を受けさせることも出来る三隅。重盛が三隅と同調し始める姿はその後の重盛の真意の変化でもよくわかる。そして十字は裁く裁かない神でもない、影響の存在への迷いを表すのが十字だろうと思われる。裁きのような十字だが、三隅の空っぽの器で理解した。十字は人生の影響下で存在が向かう先を描いていた。それが答えだろう。執拗に裁きを表すように見える。ただこれは「個の存在」を証明した作品だ。元々監督はこのようなありえそうでありえないものを題材に撮っているが、どの作品も「個の存在」を映してきてる。役者にも焦点を当ててるし、それ以外でも見えない存在を表すことが多くそれが今回の答えにつながる。
ずいぶんとかかった。しかしこれが答えだとすると法廷ミステリーでもなんでもない。答え合わせに見た時もこれだとぴたりと矛盾に合うと感じる。ただ、これでは三度目の殺人の答えを見つけられずに困っている人がいてモヤモヤして終わる。勿体ない。「個の存在」到底撮ってるとは思わないのだから当然だろう。残念でならない。星三つは役者が良い演技の分だ。作品としても完成度は高いが、この答えは頂けない。と自分は思っている。
役所の好演
役所広司のサイコパスにも義賊にも見える演技が良かった。
ラストの福山と役所の顔が重なりそうで重ならない演出は見事。
人の心を読んで、2回殺人を犯す三隅。
そして3度目は自分を殺す(死刑にする)ように裁判で供述を変えていく。
ホワイダニット系ではあるけど、答えははっきり明示されずに終わる。
それは裁判が真実を明らかにする場所ではないというメッセージの表れなのかなと勝手に思った。
エンタメ要素がほぼないのに飽きずに面白いと思えてしまうのはさすが是枝監督。
視聴者に考えさせるタイプのやつ
こういうのは合わないんだよね。
解決させてほしいと言うか、謎を散らかしすぎて本筋がおざなりになっていると言うか。
ラストの大逆転的なのに期待したけど、“あえて”そういうことをしない狙いのようだけど…だとしたら、もう少しうまく推測させてほしかった。
モヤモヤが残る
結局何が真実なのかわからない。
三隅は社長を殺したという解釈で良いのだろうか
しかしあの母親にも何らなかの罰を与えてほしかった。父親の虐待を見て見ぬふりをしたという事は、娘を見殺しにしたようなものだ。
これは立派な罪。裁くのはメールの件だけじゃ足りなすぎる
しかし公にすると咲江への虐待が世間に広まるわけだから罰を与えるには遠回しなこういった方法しか無いのだろうな……
結局登場人物で一番得したのこの毒母親なのだろう。
三隅は死刑。メールの疑惑も晴れ恐らく保険金も降りるのだろうし後は『可愛そうな妻』な自分に酔いしれて生きていけば良い訳だからそこら辺もモヤモヤが残る
しかしこの毒親を演じた斉藤由貴さんは凄かった。広瀬すずさんも影があって良かったが助演女優賞……?とるにはちょっと……
嫌な役だが個人的には斉藤由貴さんの快演に引き込まれた。
彼女の殺意をあなたが忖度した
映画「三度目の殺人」(是枝裕和監督)から。
なかなか難しい作品だったので、モヤモヤ感は残ったが、
キーワードは「忖度(そんたく)」かな、と感じている。
忖度とは「他人の心情を推し量ること、
また、推し量って相手に配慮することである。
「忖」「度」いずれの文字も「はかる」の意味を含むようだ。
「流行語」として話題になったが、本来は悪い意味ではない。
しかし今回は、いくつかの場面で「忖度」が見え隠れする。
裁判官が導きたい方向性を、検察官・弁護士が忖度する、
食品偽装を、自分たちの生活の為に口封じ、それも忖度。
そして、最期まで分からずじまいの殺人動機も、
仮説であるが「彼女の殺意をあなたが忖度した」と言い切る。
もっと複雑なテーマがあるのかも知れないが、
鑑賞中にメモしたフレーズを眺めると「忖度」と言う単語が、
妙に引っ掛かったから。
「本人の意志とは関係ないところで、人は生まれてきたり
理不尽に、生命を奪われたりしてるってこと」の台詞も
意外と記憶に残っているのでテーマは「理不尽」かもなぁ。
人の心なんて見えない物
裁判官に憧れがあった彼の歪んだ正義が殺人
少女に娘を重ねていたそんな彼女の悲しい生い立ちそれを知って彼の中の正義である殺人を計画させたのでは 母親までを巻き込ませるまでが計画
それなのに少女が自分のために証言してくれると知って嬉しかったにちがいない でも彼女が好奇な目にさらされるのは彼の正義に反する 認めたまま裁判を進めていれば死刑は免れるでも彼女を守るために自分が不利になっても証言を変えることにした
最期弁護士が自分を理解してくれたこと 認めなかったけど
死をまえにしてやっと得た理解者になったような気がする
司法にも皮肉を忘れないことがいい
予定調和以外は認めないんでしょ
結果ありきの裁判が一番怖い
あらゆることに自分を勘定に入れず
広瀬すずちゃんが可愛くて溌剌としてて好きなんだ。
そのイメージがあるから
クソ親父にやなことされたら
蹴り飛ばしそうだ。
役所さんは
ひどいことされてる人を守るために
器としてもたらされたのか
神々しいけど殺すしか解決はないのか
全ては自己満だけど助けられた人はいる。
スッキリしないので好きではない。
【黑電影】第三次殺人。
人有弱點就站不住腳。
雖然,面對複雜的刑事案件,釐清真相的過程大多是瞎子摸象,距離真正的事實還很遠很遠,也因為很遠,反而成為盲點,更深入一些,就變成莫名的弱點。
重盛律師對自己辯護的對象說的證詞到底是真是假沒有興趣,他是律師、一個以打贏官司為目標的菁英律師,即使辯護的是無惡不作的殺人犯也不影響他的原則,只要取得有利證詞,依據辯護對象的需求進行抗辯,死刑打成無期徒刑、有罪判成無罪,那是他的工作,一點也沒什麼好猶豫或為難。
是啊、律師不就是這樣的工作?顛倒黑白,只為達成目的。
三隅高司的二次殺人案在重盛律師眼中看來,大抵就是一起逃不掉三十年刑期與習慣的產物,因為殺人而坐了三十年牢的傢伙,出獄後是能怎樣回歸尋常社會?既然有了前例,再一次殺人也不會感到意外,被他殺的人只能說是倒楣,居然會相信殺人犯的話而雇用他。
接手案子代表自己已經做好辯護準備,將刑度爭取到無期徒刑就好了,三隅當年在父親手中遭到重判入獄,重盛律師覺得這或許有一點宿命的感覺,只是,當年父親是審判長,現在的自己則是替殺人犯辯護的律師,這感覺像是穿越時空與父親在法庭上交鋒似的。
唯一相同的,是當年父親給三隅判了活路,現在的自己也要替三隅爭取活路。
活下去,好似顯而易見的正常,可有誰想過習慣關在籠裡的鳥兒一旦放了出去,究竟能夠活多久?
重盛律師以為這不過就是殺人犯突然怕死而希望減刑的案件,反正律師跟辯護對象本來就不是交朋友,公事公辦就好,怎料三隅不斷推翻供詞,真相在一次次翻案後變得撲朔迷離,重盛律師察覺事實好像沒有那麼單純,不管是被害的山本先生遺孀或女兒態度都有些奇怪,他漸漸想要釐清事實,卻也發現自己一步步踏進三隅架構的世界裡。
這個三度推翻證詞的殺人疑犯,或許真的殺了三個人--不見得是真正謀殺。
撇開他三十年的犯案,我認為這回三隅確實是殺了三個人,除了開場直接殺掉的山本先生,奪走生命向來是最直接的殺害;然而,三隅選擇以謊言毀掉山本太太的名聲,人格殺人某方面來說甚至比取人性命來得難以承受;最後,他還是回歸到自己的初衷,咲江的期盼其實與他無關,他用冷漠毀掉小女生的希望,畢竟對殺人者存有期待本來就不應當,這是三隅自己的念頭,卻也反應出社會多數人的心思。
日本的法律判定某些部分與台灣類似,殺人動機是很重要的參考,強盜殺人那般直接兇狠的殺意與殺人後才動念竊取財物的罪行居然不同層級,仇殺與劫財殺害明明都造成當事人的死亡,卻因理由不同而會有不同刑罰,法律所保護的,到底是加害者還是受害者?受害一方除了得要承受失去親人的至痛,居然還得忍受加害者可能不是直接犯意的司法寬恕?
人都死了,為何不用償命?
「第三次殺人」(三度目の殺人)以大量對白與室內戲鋪陳出律師與殺人犯之間的矛盾和詭譎,福山雅治與役所廣司會面時的情緒張力滲入鏡頭底下,究竟哪句話是真的、哪句話是假的,逐漸變得不那麼重要,重盛律師發現自己居然會關注辯護對象的背景與想法,那是最大的改變與衝擊,同時,三隅也透過與重盛律師的對談,掌握到他夢寐以求的力量。
即使他得用自己當代價做交換,那根本無所謂,畢竟這條命活得那麼痛苦,失去的已經那麼多了;畢竟這一生過得那麼辛苦,人就是這樣,如果不對很多事情視而不見,根本沒法好好活下去,既然已經走到這個地步,也沒什麼好留戀了,目的達到就好了。
目的達到,原來殺人犯與律師內心深處的執著是那麼樣相像?
也是,人生那麼多苦痛,不學會視而不見,怎麼活的下去?
那,應該也算是弱點吧。
雑エンド
【雑END】
動機も犯行事実も分からずエンディングというのは考えさせる演出と見せかけた雑エンディングだと思う。怨恨なのか、強盗殺人なのか、共謀なのか、誰かを庇っているのかで映画のテーマが全然変わってしまう。自分としては伏線回収の放棄だと思う。
【供述変更の謎】
私の中で謎だったのは、なぜ週刊誌に奥さん指示説をリークしたのかです。死刑回避のためなのだろうが、広瀬を庇うなら怨恨→強盗プランを受け入れるだけでOKだったのでは?弁護士にも検察にも言わずいきなり週刊誌というのも謎。この時点で五十万の入金が分かるのも謎。奥さんが旦那を殺そうとする意図も謎。とにかく謎すぎた。
【三隅の像】
結局のところ三隅という人物像は『自分の主張をコロコロ変えそれに右往左往する人をニヤニヤと観察する悪趣味な男』であり、奇しくも福山の父が語った常人が理解し得ないどうしようもない人間なのであったと思う。
【描こうしていたテーマ】
この映画で『事実を軽視し自分たちの都合のいい真実で人を裁く司法の傲慢さ』を訴えているのであれば無理がありすぎるのではなかろうか・・・30年前も現在も供述コロコロ変える愉快犯を信用しろって方が難しいと思う。
本当の三隅の心情でも分かればテーマに沿った受け止め方もできただろうが、肝心の結論が視聴者丸投げででは挽回の余地はない。そういう意味でも最後の犯行事実と動機は描写されるべきであったと思う。
是枝作品にはがっかり
犯人は特殊能力が有るのか無いのか?
素人でも解る法律を視聴側にも解り易くセリフで説明する意味があるのか?
結局、殺意はなんなんだ?
福山のカッコつけの演技は如何なものか?
夢のシーンでの雪合戦はなんだろう?
監督はもっと勉強して映画を作ってもらいたい。
この作品を評価する映画関係者の頭は大丈夫かな?
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