「素晴らしいご馳走を頂いた気分」三度目の殺人 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
素晴らしいご馳走を頂いた気分
見終わっても謎が残るこういう映画は好きである。こういう映画はかつてフランス映画などで時々あったし,黒澤明の「羅生門」やキューブリックの「2001 年宇宙の旅」などもこういう仕掛けになっていて,観た者に観た後の楽しみを残してくれる。この謎を映画中で全部説明してしまったら,ただの2時間推理ドラマになってしまう。是枝監督作品としては異例のサスペンスだが,よくぞこの水準で作ってくれたものだと感謝したい。物語の本質がわからなくなった人には,映画の題名が大きなヒントになっている。
冒頭に殺人シーンがあり,犯人は明らかなので,刑事コロンボのようにアリバイ崩しでもするのかと思ったら,犯人は自分の犯行であることと,金銭目的であったことをあっさり自供してしまう。役所広司が演じる犯人は,30 年前にも殺人を犯しており,出所後就職させてくれた工場の社長を殺して財布を奪った最悪の人間として登場する。強盗殺人で前科があるとなれば,死刑判決が濃厚となる事案である。福山雅治演じる担当弁護士は,何とか強盗殺人を回避して単純殺人とし,無期懲役を勝ち取ろうと法廷戦術を立てて証人や証拠固めに奔走するが,話は思わぬ方向に向かって行ってしまう。
弁護士は依頼人の便宜のために働くものであって,必ずしも真実を追求する必要はない。この映画では,驚いたことに裁判官や検察官までが審理時間の経済化などという言葉を使う。こうした司法のあり方はアメリカなどではさらに進んでおり,重要な自白をすれば刑が軽くなる司法取引などという制度まである。この映画は,そういった司法のあり方に疑問を呈している。日本でより海外の方がこの映画の評価は高いかも知れない。
福山の演ずる弁護士も娘との不仲に悩みを抱えており,それが,被害者の娘の立場や価値観を推察する土台になっているという設定も秀逸であった。親が子供と話をするときは,テレビを見たりスマホをいじったりパソコンに向かったままというのは絶対にすべきではなく,面と向かって話をしなければならない。娘からの電話に対して,いきなり自分の多忙を口にするような福山演ずる弁護士は,そもそも父親として相当失格であるが,ビジネスライクな福山の態度がガラッと変わるきっかけを与えてくれたのも娘だった。
被害者の妻を演じた斉藤由貴の設定は非常に複雑なもので,もし全ての事実が世間に晒されれば,最も非難されるのは彼女であるに違いなく,その役を演じた本人が,現実世界で大きなスキャンダルに見舞われて各種のテレビ番組で報じられまくっているのは,この映画のキャンペーンになってしまっているような気がしてならない。広瀬すずは,よくこの役を受けたものだと感心する。広瀬の表情の撮り方には特に監督が神経を使っているのが感じられて面白かった。
役所広司の演技は今回も素晴らしかった。たけしやキムタクが何を演じてもほとんど同じなのと違って,役所や仲代達矢はそれぞれ違った人物に見えるところが素晴らしいと思う。関ヶ原で家康を演じたのを見たばかりなのに,全く既視感のない演技を見せてもらった。この話で,役所と福山の役を入れ替えてもそれなりに面白いものができたのではないかともふと思った。
音楽は,全く名前を聞いたことのない人であったが,ピアノとチェロの二重奏というシンプルな道具立てで,実に味わいの深い曲を書いていた。事件現場や聞き込み場面以外はほとんど法廷と拘置所の面会室だけという舞台装置で,これだけ濃密な映画を作った監督の手腕は大したものだと思った。それだけに,役所と広瀬の関係性に誤解を生じるような台詞の不備は避けて欲しかった。役所の無私の行動がなければ美談にならず,どの人物も損得だけで行動しているに過ぎない話になってしまうからである。久々に見応えのある映画だと思ったが,全てを説明してもらわなければ気が済まない人には評価がかなり下がるだろう。
(映像5+脚本5+役者5+音楽4+演出4)×4= 92 点。