「舞台臭さは気になるが、普遍的な家族の葛藤の物語は容赦なく心を揺さぶる。」フェンス 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
舞台臭さは気になるが、普遍的な家族の葛藤の物語は容赦なく心を揺さぶる。
1950年代アメリカの田舎町に暮らす黒人家族。彼らを通して見る家族の絆。うっかり「絆」なんてチープな言葉を使ってしまったが、しかしこの映画は家族愛や絆の甘さではなく苦みを見つめ、綺麗事ではない物語として描かれた。黒人家族であることからくる苦難や苦労ももちろん描かれはするが、テーマは人種を超えて普遍的なものに思う。夫婦の関係、親子の関係、複雑な葛藤を抱えた家族関係、そういったものを、流れるような手解きで紡いでいく。
デンゼル・ワシントン演じる父親像が物語に展開に添って変化していく様など脚本の巧さを感じる。ワシントン自身のイメージも相まって、最初は厳格で甲斐性のある男に見える父親が、しかし物語の展開と同時にその真逆の方向へとイメージを変化させる。ただ父親の姿は何も変わっていない。ただ見え方が変わるのだ。金を無心に来た長男を撥ねつける様子は厳格な父親に見えた。しかしそれは頑固で無慈悲なだけだったかもしれない。フットボール選手を夢見る次男を説得する様子はタフで息子思いに見えた。しかしそれはただ横暴で嫉妬深かっただけかもしれない。楽し気に妻と会話をする姿は愛妻家に見えた。しかしその愛は、余所の女にも与えているものだった。そんな変化を滑らかな筆力で描き、そうすることで家族関係の複雑な歪みを浮かび上がらせる。
正直、前半部分はかなり厳しかった。というのは、あまりにも演出が舞台的過ぎたからだ。監督も務めたワシントンが、原作戯曲のオリジナルにこだわったが故に意図されたものであることだと理解は出来ても、此方の感情を動かす余地すらないほどに襲い掛かってくるセリフセリフセリフ・・・。何かを思う隙間も、何かを感じる余白もないほどセリフで埋め尽くされた画面にはかなり息苦しいものがあった。これを舞台で観る分には良いのだと思う。しかしスクリーンという枠の中ではあまりにも窮屈だ。
その息苦しさから一気に解放されたのは、父親の不貞を告白したところからだ。それ以降はヴァイオラ・デイヴィスの「そりゃオスカーも受賞するでしょうよ」というような見事な熱演もあって物語が一気に燃え上がる。そこを境に、夫と妻、父と息子、父と娘、腹違いの兄弟たちのそれぞれの葛藤が描かれ、深く心に染み入っていく。容易く家族の絆を称えるわけでは全くなく、家族だからこそ受ける傷や痛みを知った上で、人と人が触れ合うことを肯定するような、そんな温かさを残すエンディングへとつながっていく。
ぶつかり合い、傷つきながら、そして何度も何度も泣かされながら、それでも家族でい続けることの苦闘と悦びが、この映画に溢れていた。