静かなる情熱 エミリ・ディキンスンのレビュー・感想・評価
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静かなフェミニスト映画
エミリ・ディキンスンについては、アメリカの女性詩人という知識しかないまま鑑賞した。女性が表現活動をしたり、家庭の外へ出て活動したりすることが制限されていた時代、どのような葛藤や困難があり、それに対処したのか。
彼女は学校でも家庭でも地域でも「反抗的」だとされ軋轢を生むが、それは自分なりの意見やポリシーがあるだけなのだ。封建的な家父長制の中では、従順でなければ「反抗的」とされる。
1800年代のアメリカは、とても保守的で、とくに女性にとっては、婚前は父親に従い、結婚後は夫に従うという窮屈な暮らしぶりだった。エミリが夜中に一人起きて詩作することについて、「誰にも迷惑をかけないから」と父親に許可を求めているのが印象的だった。
とはいえ、彼女が結婚しないで育った家庭に踏みとどまり続けたのは、魂の自由を守れるのは世界でそこだけだったからだ。当時としてはリベラルな父親で、奴隷制度に反対の立場だったし、家の使用人には尊厳を持って接するように(奴隷ではないのだから)と諭す。それに、彼女を理解し、慕ってくれる妹がいる。
エミリは今どきの言葉でいえば、「こじらせ女子」。
彼女に憧れ好意を寄せてくれる異性が現れても、ああでもないこうでもない、と言っては遠ざけてしまう。恋愛への憧れはある一方、愛を信じて傷つきたくないと臆病になってしまう。彼女が選んだのは、魂の自由を守り続け、ひそやかに1700篇以上もの詩作を続けた人生だった。
伝記映画としては良作
エミリ・ディキンソンは引きこもっていたため、自宅周辺での話が多いです(派手なエピソードがない)。
そのおかげで、伝記映画にありがちなエピソードの羅列に陥らず、本質的な部分に踏み込んだ作品になっていると思います。
歳を取るとともにどんどん頑なになって、周りとの関係がうまくいかなくなってくる。
しかし詩は冴えてくる。
自分の死までも見越した詩作には、何か時間を超越するスケールを感じました。
本作は細部までこだわっているようで、衣装・美術はもちろん、キャスティングも良く、台詞回しも凝っていたようです。
英語がわからないなりに、言葉に耳を傾けて楽しみました。
伝記映画としては、かなり良い方だと思います。
そして詩はやっぱり音で聴くのがいいですね。
詩人映画
苦手
孤独な魂を支え続けた勇気
19世紀のアメリカは、まだまだ英国文化が色濃く残っており、話す言葉もアメリカンスラングではなく、クイーンズイングリッシュに近かったと考えられる。言葉は思想や情緒、風俗に大きな影響を及ぼす。従って当時のアメリカ人の価値観は英国式の古臭い道徳の範疇から逸脱することはなかっただろう。
本作品は、そんな窮屈な倫理観に凝り固まった社会にあって、断固として精神の自由を貫こうとした孤高の詩人の物語である。キリスト教の価値観から1ミリも抜け出すことのない周囲の人間たちとは、当然いさかいを起こすことになる。
金持ちの家に生まれたから働かないで一生詩を書いて暮らせたのか、それとも当時は女性が働くことはなかったのか、そのあたりは不明だが、経済的環境は恵まれていたようだ。しかし金持ちは現状の社会体制が継続するのを望むはずで、同時代の価値観を疑わない傾向にある。にもかかわらずエミリが時にはキリスト教の価値観さえも相対化してしまう自由な精神を維持しえたのは、おそらく幼いころに獲得したであろう自信と勇気の賜物である。
映画の冒頭から、シスターによって同調圧力に従うかどうかを試されるシーンがある。あたかも踏み絵のようだ。エミリは自分の真実の声に従って対応する。この行動のシーンにより、観客は主人公が若いころから勇気ある女性であったことがわかる。そしてその勇気が、詩人を一生支え続けることになる。
イギリスの詩人、W.H.オーデンは「小説家」という詩の中で、詩人について、次のように書いている。
『彼等は雷電のようにわれらを驚愕し、または夭折し、または長い孤独に生きのびる。(深瀬基寛 訳)』
若いころに女学校のシスターを驚愕せしめたエミリ・ディキンスンもまた、長い孤独に生きのびた詩人であった。
詩作の裏側
美しく、深い
静かな?情熱
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