「乗り越えるだけが前進じゃない」マンチェスター・バイ・ザ・シー 夢見る電気羊さんの映画レビュー(感想・評価)
乗り越えるだけが前進じゃない
友達も多く陽気なリーがある事件を境に生きる気力を失い何にも興味がなくただ生きているだけの抜け殻のようになる。仕事はするが愛想もなく評判が悪い。
3人の子供を自分の不注意による火事で亡くすという、映画の表現でいうと「想像を絶する経験」の中で彼の心は壊れてしまっている。そんな時に兄が死に、その息子の後見人となる。
彼は最終的な場面でも、完全に心が癒えるわけでも生活が元に戻るわけでも悲しみを乗り越えられるわけでもないのだが、少しずつ、でも確実に彼の心は前進してきたかに思えるのがラストである。元奥さんも事件の日から心が壊れ、それを彼に罵声を浴びせることで、なんとか一本の細い糸レベルのギリギリ精神を保てていたのだろう。その奥さんから謝罪をされそして許されたことで前に進めるようになったのかもしれない。しかし自分を自分で許させない気持ちは完全には癒えない。一方で、甥のためにも生きようと努力し始める。そこから前向きな思考になったのか、彼は変わっていく。他の大人と少しは世間話が続けられるくらいはなっているので、彼は変わったというのがラストのシーンの意味である。
そして、彼の甥をボストンに呼ぶ時に1部屋欲しいと言った時にはいっそ晴れやかな笑顔になっている。そして、未来についての話をしている。これは大きな前進だ。完全に心が癒されることはない。でも人は前進することはできるのだ。最後に甥のパトリックと釣りをしているシーンは見てる側の心も救われる気持ちになる。
主役のケイシーアフレックがアカデミー賞で主演男優賞取れたのも納得。彼は、悪ふざけが過ぎて映画界から干されていたところに友人のマット・デイモンにこの役をもらっている(彼が主演する予定だった)。そして、見事カムバックしたわけで、まさにこの映画の主人公とも重なる。正直、マット・デイモンでこの映画のテイストは無理だろうから、ケイシーで正解だった気がする。
この映画は、内容においても俳優においてもカムバックする男の物語という面白い作品でもある。大傑作。
ちなみに、この映画では号泣してしまった。号泣する場面があるわけでもないのだけど。リーが兄の葬式で元奥さんと再開したシーンと、2度目に道端で再開したシーンだ。後者はまだしも前者はなんでもないシーンでもあるが、この映画の魔力だろうか。