「生きることの厳しさと、詩的な愛の眼差し。」ムーンライト 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
生きることの厳しさと、詩的な愛の眼差し。
題材はとてもエッジィで挑戦的な内容だけれども、今この時に観る意味のある映画だと感じた。社会的なマイノリティである黒人の少年が、いかにして自分自身を見つめ、そして彼らはこの世の中をどうやって生きていかなければならないのか。そうして生きていくしかないのか。そんなことを問いかけながら、しかし同時に根底に流れる熱い愛のまなざしが映画を優しく包み込む。厳しさと共に深い愛を描いたとても崇高な作品で、社会的なドラマでありつつも、とても情感的なラブストーリーであり、映画全体が一編の詩のようだった(正確には3篇からなる連作詩か)。
特に、主人公シャイロンと親友ケヴィンが交わすセリフのやりとりは、まるでセリフがそのまま詩のように美しく情緒豊かでうっとりとする。少年時代の友情の育み、思春期の性の育み、そしてすれ違いと、青年期になって解け合う二つの心の灯が、その都度とても詩的に語られ、観る者の心に波を立てる。シャイロンの中に蠢く今にも溢れてこぼれそうな情感を、しかし決してそれを溢して溺れてしまわないように丁寧に綴り、と同時に、シャイロンの心から静かにあふれ出た情感の雫は絶対に見逃さない。そんな繊細さがこの映画には常に存在していて、わずかの刺激で今にも崩れてしまいそうなシャイロンの心をここまでありありと掬い取ることによくぞ成功したものだと、本当に唸った。
そしてこの物語はやはり、黒人の少年が主人公であったということにも大きな意義があり、シャイロンという一人の少年が送る「青春」の奥底に蔓延る、黒人として生きることの厳しさと、彼の性的な嗜好が現代社会と黒人社会において何を意味し、少年の生き方をどこへ向かわせてしまうのか、と言ったことをしっかりと考察し、我々に直視させる。
この映画が描いていることって、特にアメリカにおいては当たり前にある物語で、人々のすぐ隣で起こっていることのはず。だけどなぜか今まであまり映画では描かれてこなかった。しかし語られる意義のある物語であるし、語り継ぐ意味のある映画であると思うし、だからこそのオスカーなのだと思う。
いつか、この映画のような物語が、自然と語られなくなる日が来ればいいと思う。人種も宗派もセクシャリティも・・・誰しも同じでないということがもっともっと当たり前に理解されて、それによる偏見や迫害がなくなり、この映画の内容が「大昔の出来事」としていっそ忘れられてしまうくらいの社会になれば、本当は一番いいのかもしれないのにと思う。