劇場公開日 2017年3月18日

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「とりあえず、相手の話を聴こうよ。」わたしは、ダニエル・ブレイク とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0とりあえず、相手の話を聴こうよ。

2022年2月11日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

萌える

目の前の人の尊厳を守るためには。
そして、相手の立場にたって、一緒に考えようよ。
頭ごなしにわかったつもりになるんじゃなくて。
マニュアルを押し付けるんじゃなくて。
そんな時間はないと言われそうだが、急がば回れ。
この映画に出てきたような不毛な繰り返しよりは、実のある結果が出そうだけれどもな。
 それは、この役所での手続きでの話だけでなく、職場でも、学校でも、家庭でも、重要なこと。
 詐欺の話だけは論外だけれど。

相手の話を理解しようとすると、面倒くさくなる。
相手の欲求と、こちらの欲求をすり合わせようとすると、もっと面倒くさくなる。
だから、相手の話を封じ込めて、こちらの言い分を貫き通す。
「常識だろ」「前例がない」「世間とはそういうものだ」「わがままだ」「これがルール」
この役所のみならず、職場で、学校で、家庭で、幾度となく聞かされる言葉。
いちいち聴いていたら面倒くさい。一つの要望を認めれば、次から次へと…。恐ろしい。つい回避したくなるのは人情。
とにかく、世の中は効率を求められ、無駄を省くことが望まれる。
とにかく、より多くの”件数”を捌かなければ。
”有能な人間”の証明。誰だって無能・愚図に思われたくない。
こちらの解決法を指示すれば、頭が良いようにも見えるし、上に立ったかのような気分になる。
新しいことをして失敗するわけにはいかない。

この映画のような、画一的な、杓子定規なお役所仕事なら、AI・ペッパー君で十分なんじゃないかと思ってしまった。
極めて人間臭いはずの仕事の場で行われる、非人間的な処置。
「公平・平等=一律・均一」ではないはず。一人一人、抱えているものは違うし、望むものも違うのだから。

とはいえ、周りは一発触発の状況。へたしたら暴動になりかねない雰囲気。どこにでも出てくる警備員が生々しい。
一人一人に合わせた合理的配慮が、”ひいき・特別扱い・不正”にとられかねない状況もあるからこそ、マニュアル対応が横行せざるを得ないのだろう。

対岸の火事のようにも見えるが、
明日は我が身と身につまされる。
日本には、合理的配慮ってものがあるから、行政書士や司法書士・弁護士等専門家の無料相談もいろいろあるから
と、安心しようとしてみたものの、
深夜具合が悪くなったとき、#7119で情報提供された幾つもの病院にたらいまわしされたことを思い出した。

一つ歯車がかみ合わなくなると崩れ落ちる生活。
『自転車泥棒』を思い出してしまう。
こんな様に思いはせると、蟻よりキリギリスの方が得なんじゃないかと思ってしまう。
何のために税金を、何のために社会保険を払っているのだろう。
人としての矜持が、自分を蟻にさせているけれど、その払っている社会保障費分を貯金しておいた方がいいのではなんて、時々頭をかすめる。必要なサービスを買うために。
国の制度に安心できなくて、医療保険やらなんやら契約する。最近は休業補償の保険すらできた。
こんな報われない状況を目の当りにしたら、若者はキリギリスに走りたくなるよなあ。
”国家”なんて当てにしなくなる。
まじめに生きている、そんな人が困らないシステム。そうでなくては、”国家”を信用できなくなる。
結局、国力が落ちるだけだと、政治や社会制度の専門家でもない一市民は思うのだが。

社会保障を当てにして踏ん張れた団塊の世代。
団塊世代に食いつぶされて、先細りする社会保障を当てにできない、国の債権も膨れ上がるだけの状況を生きる、これから大人になる人々は、何を当てにして頑張るのだろう。

ダニエルに関しては、他に収入を手に入れるいくらか手立てがあったと思う(元同僚とか、家具・オブジェ作りとか)。
ケイティみたいな母は身近にいくらでもいる。早すぎる妊娠だけには気を付けてほしいと、切に願う。

それでも、貧乏だけど、人に気持ちを分け与えることができる豊かさ。
母から、ダニエルから、注がれた愛がデイジーに受け継がれる。
『おみおくりの作法』にも通じる作品だった。

とみいじょん