「ケン・ローチの静かな激昂」わたしは、ダニエル・ブレイク 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
ケン・ローチの静かな激昂
「映画が声を上げている!」と思った。
あまり前情報を入れずに見に行った映画だったので、ケン・ローチ監督の新作で、ローチ監督らしい社会派のドラマだろうくらいの感覚でいたし、実際に、一人の貧困な男をめぐる物語として映画ははじまっていく。しかし、物語が進めば進むほどに、この映画が社会に対して声を上げて何かを呼び掛けているのを感じてくる。「こんな社会は間違っているだろう!」「こんな制度はおかしいだろう!」「平等や同権の意味は何だ!」と、頭の中で疑問や疑念が渦巻いてくる。そしてそれは、おそらく、どこの国のどんな社会にも通じる、大きな問題に違いないとはたと気づく。人々が、というよりも、国や社会や制度が、ある一定の層の人々に対し、公然と差別をはたらいているようなもの。映画という媒体を飛び越えて、人々の目を覚まさせる、そんな作品だった。
きっと公務員の人たちは悪くないんだよ。彼らも仕事としてしていることで、慈善事業というわけではないから、「温情」とやらを簡単に持ち出すわけには行かないし。だから一人の公務員の女性がダニエルにネット申し込みのやり方を教えてあげようとすると彼女の上司が「前例を作るわけにいかない」といってそれを止めるシーンがある。彼らも、何かおかしいと思いながらも、無力さを感じて仕事をしているはず・・・って、同じように働く社会人として、彼らの気持ちもちょっと分かるような気がしたり。
ダニエルと若いシングルマザーとの交流に、心救われる部分がある。もちろん、彼らの生活に救済はない。それでも、重く考えさせられる題材の中で、彼らのこころの触れ合いを感じて、少しだけ安らぎを感じる。二人の役者も本当に素晴らしかった。
映画だからと言って、ダニエル・ブレイクを安易に救済せずに幕を閉じる。カタルシスも残さずに観客の前から映画自体が立ち去る。残された私たちはますます考えてしまう。この映画を見た夜は、ちょっと眠れなくなった。