「企画オチに陥らなかった、よく練られた会話劇」おとなの事情 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
企画オチに陥らなかった、よく練られた会話劇
3組の夫婦と一人の独身男性、計7名でディナーを囲み、ゲームと称してそれぞれのスマホに来た電話やメールをすべて見せ合う、という聊か下世話な設定の物語。これだけ聞くと、次々に7名の秘密や隠し事がバレてあれやこれやとてんやわんやするドタバタコメディを想像してしまい兼ねない上に、最早「企画オチ」にだってなり兼ねないような設定のはずなのだけれど、この映画はそれを巧く飛び越えて秀逸な会話劇に仕上げた。もう単純に声を出して笑ってしまうほど面白いし、同時に人間の(時に醜悪な)本音を抉り出した人間ドラマや心理サスペンスとしても見られるようなよく練られた映画でもあった。
7名がディナーを囲む会話劇となると、どうしても物語が閉鎖的で窮屈な感じになりそうなものだが、この映画が上手なのは、物語が窮屈になる前に、例えば「月食を見にバルコニーへ出る」とか、「お皿を片付けて次のメニューの用意をする」などと言った場面転換を挟み、物語に風を通して換気をする。テーブルにかじりついて激論を交わすだけの映画ではないところがまた良い。
登場人物の職業や価値観や過去の出来事などを明らかにしていく捌き方も、上手に会話の流れで輪郭を作っていくし、7人の中で問題提起する者、是を唱える者、否を主張する者、憤る者、宥める者・・・といった役割を、決して固定することなく流動的に変化させながら物語が転換していくあたりも本当に巧いなって思う。そうすることで、本当に此方もいっしょにテーブルを囲んでいるような気分になるし、彼ら7人が思慮深い「おとな」であることがきちんと描かれる。そういう下地を前半で作ることによって、後半の波乱の展開が、ただのドタバタ喜劇や醜い罵り合いではなく、人間の深層心理に鋭利に斬り込む物語に見えたのだと思う。
スマホのメールを見せ合う、と言われて真っ先に思い浮かぶトラブルは「浮気」だろう。しかしこの映画は「浮気」が夫婦にとってはあくまでも「表面的な問題」であることを熟知している。それを切り口にして、それぞれの夫婦が根本的にあるいは潜在的に抱えている真の秘密を明らかにしていく。うん、やっぱり巧い。一人の独身男性が持つ「秘密」にまつわる他6人の潜在的な価値観の違いがじわじわと滲むあたりも、唸るほど巧い。彼の存在はとりわけ効果的だった。
最後、映画は何事もなかったディナーの後を描いて終わる。全て暴かれて真実を知って孤独になる方が幸せなのか、それとも、何も知らずに秘密は秘密のままで壊れた夫婦関係を継続させるのが幸せなのか、これに関しては、私はいくら考えても未だに答えが出ない。