「地獄の中で神を見た」ハクソー・リッジ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
地獄の中で神を見た
差別発言で一時期ハリウッドを干されたメル・ギブソンの見事なカムバックもドラマチックだが、作品の方も実にドラマチック。
第二次大戦の沖縄戦で、宗教上の理由から人を殺す事を拒み、人命を救助し続けた米軍衛生兵。しかも、実話。
ちょいちょい気になった点もある。
アメリカの戦争映画で、沖縄戦。つまり、日本人は単なる“敵”。
日本兵のドラマは勿論描かれる事無く、また史実では日本兵も救助したらしいが、劇中ではほんのワンシーン触れた程度。
宗教的要素は日本人には…。
美化されてる気もする。
でも、それが何だってくらい、一人の人間としての崇高な行為に心揺さぶられた!
デズモンド・ドス。
別に彼は聖人君子でも英雄でも何でも無い。普通の人間。
性格は温厚。軍人としてはちょっと頼り無さ気な“トウモロコシ”で、一目惚れした看護士に猛アタック。
だから彼の行為は至って当たり前。
人の命を助ける。
しかし、世の中が“異常”な時、“正常”は“異常”となる。
戦争という異常な世界では、人を殺してこそ当たり前。母国の為に、一人でも多くの敵を殺す事が崇高な行為になる。
故に、デズモンドの行為は異常。
彼は間違っているのか。
自分は戦争なんて経験無いし、今世の中平和だから、楽観的に簡単に言えるだけかもしれないが、断じて間違ってなんかない!
幾ら戦争とは言え、人を殺し、人の命を奪って称賛されるなんてどうかしてる。
宗教上の理由とは言え、人を守り、助け、人の命を救う事は尊い。
人一人の命には意味がある。
しかし、戦争がそれを許さない。
冷ややかな目。臆病者扱い。
あいつは戦場で、俺たちどころか国の為に戦おうともしない。
嫌がらせ、暴力。
銃すら持たない。命令違反で軍法会議。
周囲の反応は間違ってないと思う。
彼らだって戦争という異常な重荷を背負ってなければ、人を殺したりなんかしないだろう。
彼らに否は無い。戦争が狂わせ、そうさせてるだけなのだ。
後に米軍人最高の栄誉である名誉勲章。
崇高な功績に対してだが、デズモンドの行為はたった一つのバッジだけで計り知れるものじゃない。
“信念”という言葉だけで語り尽くせるものでもない。
例えどんなに虐げられても、咎めようとしない。自分を殴った相手の名前を密告もしない。
たった一人戦地に留まり、救助し続ける。時には、負傷した仲間を担いで。一人、後一人を…。
人を殺す事で国に尽くすのではなく、人を助ける事で戦い、国に尽くす。
やがてデズモンドの姿は周囲の心を突き動かし…。
デズモンドはただただ、自分の心に従い、人として正しく普通であろうとしただけなのだ。
メル・ギブソン監督作と言えば、残酷描写。
本作も専ら話題になっていたが、その通りの凄まじさ。
血や肉片飛び散り、あちこちミンチ状態の人肉だらけ。
何処から銃弾飛んで来るか分からない、戦場の臨場感、恐怖感。
カムバックに相応しい名演出。
アンドリュー・ガーフィールド、名演。
自分を曲げない強さ、弱さ、脆さ、それらを繊細に体現。
突然蜘蛛男を降板させられてキャリア下降…いやいや、キャリアは間違いなく確固なものに。
次第にデズモンドに打たれ、彼を理解する上官のサム・ワーシントン、ヴィンス・ヴォーン、酒浸りで暴力的かと思いきや、息子の為に動く父親役のヒューゴ・ウィーヴィング、周囲の面々も思いの外胸熱くさせる。
また、出番は前半だけだが、恋人役のテリーサ・パーマーが白衣の天使と呼ぶにぴったりの美貌で唯一の癒しの存在。
きっとデズモンドも、自分の行為に悩み、苦しみながらだったと思う。
自分は正しいのか。
神は声を掛けて下さるのか。
そんな葛藤の中での、ただひたすらのがむしゃらの行動。
戦争という地獄の中で、人々は、私たちは、彼の行為に、姿に、神を見た。