「戦争のエグさを考えさせる優秀作」ハクソー・リッジ Ravenclawさんの映画レビュー(感想・評価)
戦争のエグさを考えさせる優秀作
これも飛行機内で観た。(英語)
各座席の後部に取り付けられたモニターの画面は小さいので、細かな部分はわからなかった。
ネットで見返してみて、戦闘シーンの残虐さに驚いた。
「パッション」でイエス・キリストへの拷問をリアルに描いて物議をかもしたことのあるメル・ギブソン監督だけあって、グロい描写には異常に力がこもっていて手抜きがない。
戦闘行為は敵兵士の肉体損傷と殺害が目的なので、戦場では手足が千切れ、腸がはみ出し、頭が裂けた死体があたり一面に転がっていて当然だ。放置された死体をネズミが食い荒らす。こういう場に加わった兵士がPTSD(心的外傷後ストレス症候群)になるのも無理はない。
戦争の悲惨な場面は、家族団欒の食事の時間の妨げになったり、子供の教育上悪かったり、国民の厭戦気分を煽って反戦活動を後押ししたりするので(ベトナム戦争のときのアメリカがそうだった)、テレビではまず流されることがない。
だが、見ようと思えば、すぐみることができる。
図書館にいって、どの戦争でもいいから写真集を見ればいい。
わたしは小学生のころ、家にあった本の中で腐敗して膨れ上がった日本兵の遺体を見て、何年もその部屋に近寄れなかった。大学生になって読んだフランクルの「夜と霧」巻末のアウシュビッツの写真集も怖かった。(いまでも怖い)
それに較べれば、ここで描かれるシーンは、商業映画としては目新しいものの、そこまでショッキングなものではない。スプラッター映画だと、もっとひどい場面もあるだろう。とはいえ「プライベート・ライアン」以来の迫力であることはまちがいない。
前々から気になっていたのが、戦場の火炎放射器。
この映画でも大活躍する。
アメリカ軍が撮影した当時のニュース映像でも出てくるので、この道具が戦場で使われたのは間違いない。
沖縄戦でも硫黄島でも、日本軍は敵の圧倒的な戦力と激しい艦砲射撃に耐えるため、地下に穴を張りめぐらせて戦ったのだが、それに対処するため火炎放射器を持ち出してくるとは、なるほど合理的なやり方だなと感心した覚えがある。
燻され火だるまになった兵士が穴から転がり出てくる。
まるでハエ・蚊・ノミの駆除である。
ここで疑問に思うのだが、なぜ、火炎放射器はヨーロッパ戦線では使われなかったのだろう。使われたのだが、わたしが知らないだけかもしれない。少なくとも、映画で描かれたのを見たことがない。
ヨーロッパでの戦争は、もちろんナチス・ドイツとの戦いである。
敵とはいえ、おなじ西欧人、おなじ文化圏同士の戦い。得体のしれないアジア人とは違う。害虫を駆除するようなやり方は、いくら戦争とはいえあんまりだ。
そういう心理的な要素はなかったのだろうか。
ドイツ軍は地面に潜って戦うような戦い方はしなかったし、第一、ロシア戦線なんか寒くてそんなことは不可能だ。
単純に、そういうことだったのかもしれない。
ただベトナム戦争のときでも、強力なナパーム弾が大量に使われ、枯葉剤がばら撒かれた。敵が西欧人だったら、そこまでやったかどうか。
後になって、ドイツ人が強制収容所でやっていたことわかって――ガス室に押し込んで大量に殺すとか、人間の油で石鹸を作ったりとか、皮膚でランプ・シェードを作ったりとか――アメリカ人もフランス人もイギリス人も、西欧全体が深刻な衝撃を受けた。おなじキリスト教圏の文明人だと思っていたら、相手は想像を絶する怪物だった。
怪物ぶりでは連合軍も負けてはいない。
ドレスデンの無差別爆撃では、住民ごとドイツの美しい都市を月面に変えてしまっている。太平洋戦線での二度の原子爆弾投下のことはいうまでもない。
できるだけ一度に大量の人間を破壊して戦闘不能にし、敵の士気をくじくのが兵器の役割である。戦争では、勝利のためにあらゆる方法を駆使する。それも、できるだけ合理的・効率的に。爆弾一個つくるのだって、カネと人手がかかっている。
ぎりぎりの場面では、人道や人権尊重などという甘い言葉は言っておれなくなる。
市民も兵士も、大人も子供も、まるごと殺してしまえ。
怪物同士の戦いになる。
そんなときに、どれか一つの武器を取り上げて、あれこれ言っても目くそ鼻くそを笑うはなしなのかもしれない。
●従軍牧師と衛生兵について
従軍牧師と衛生兵は、戦場において不思議な存在だ。
従軍牧師は、とくにキリスト教の従軍牧師は、聖書の愛を説きながら、殺し合いをやっている自軍の兵の死を看取るのだが、こういうのはどういう気持ちなのだろう。
どうやって気持ちを折り合いをつけているのだろう。
衛生兵というのは、怪我人を救っても、その兵士はいずれまた戦場に駆り出されるわけで、終わりがないではないかと思っていた。この映画をみて役割がよくわかった。単純に、死ぬのを防ぐ役割なのだ。治療できる場所に運ぶ前に死んでしまわないよう、応急措置をする役割。
そういう意味では兵士の士気高揚に役立つのだろう。映画の最後にあるように、兵士の気休めとして重要だ。
●俳優について
主人公ドス役のアンドリュー・ガーフィールド
マーベルコミックの良くしゃべるスパイダーマンの兄ちゃん。
ひょろっとしているのかと思ったら、ラブシーンではたくましい上半身を見せつける。
だからこそ後半の不死身の活躍ができるのだ。
その伏線だったといま気がつきました。
父親役のヒューゴ・ウィーヴィング。
「プリシラ」のゲイ役、「マトリックス」のミスター・スミス、「ロード・オブ・ザ・リング」の妖精王エルロンド役で有名。
ここでも重要な役割を演じている。
テリーサ・パーマー
第二次世界大戦以前のアメリカ雑誌に出てくる、ブロンド・青い眼で健康的な若い女性を演じる。
でも、オーストラリア出身なんですね。
美しいけれども役柄が求める年齢よりもちょっと老けて見えるのが残念。
主人公よりやや年上という設定なのかもしれない。
●映画の映画
hacksaw ridge
沖縄県浦添市にあった日本軍陣地「前田高地」に対するアメリカ側の呼び方。
浦添市では、住民もこの戦闘に巻き込まれ、当時の浦添村民のじつに44.6%が死亡したという。
→浦添市ホームページ
この映画では、米軍と日本軍による死闘とその中でのドス衛生兵の奇跡的な活躍に焦点があてられ、住民はいっさい登場しないが、このような背景も知っておく必要があると思う。
hacksaw 弓のこ。
ridge 崖
hacksaw ridgeとは、弓のこで切って真っぷたつにしたように切り立った断崖という意味だと思うが、日本語タイトルは最悪だ。
なぜハックソー・リッジとしなかったのだろう。そのほうが原語の発音にも近い。
ハクソーでは、歯糞とか、鼻くそとかに誤変換してしまいがち。
語感も悪く、この映画に対する悪意すら感じさせるタイトル。
KP
=Kitchen Police 炊事当番兵