「ジャータカの逸話」ハクソー・リッジ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
ジャータカの逸話
メル・ギブソンもついにクリント・イーストウッドやロバート・レッドフォードの仲間入りを果たしたかと思われる作品である。
テーマは歴史的にも世界的にも一般的であるが、いまだに誰もすっきりした回答を出せないでいるものだ。すなわち、戦争は人殺しか、世間一般の殺人事件の人殺しとどう違うのか、というテーマである。
主人公は信仰から、人を殺してはいけない、自分は人を殺すことは絶対にできないと信じている。そして戦場には、人を殺すのではなく人を助けるために行くと主張する。主張するまでなら誰でもできる。問題は、銃弾が飛び交い仲間が次々に倒れる修羅場にあってなお、その主張を貫くことができるのかということだ。
戦場など、人間の究極の選択が試される場所を文学的には極限状況と呼ぶ。極限状況にあって、何をするか、どんな姿勢で臨めるかがその人間の本当の姿をあらわすという仮説に基づいて、様々な作品が作られてきた。果たしてこの作品の主人公は、極限状況にあってもなお、自らの信念を貫けるだろうか。
難攻不落の丘、ハクソーリッジでの戦闘シーンは、これまでに観たどの映画よりもリアルで迫力に満ちていた。もし自分があそこにいたら、1秒も正気を保っていられないだろう。
そんな状況でひ弱い主人公に何が出来るだろうと、誰もが思う。それがこの作品の肝だ。主人公にとって、信仰は奇跡ではなく、現実である。自分を律し、あらゆる暴力を禁ずることで自分の生き方を貫き、レーゾンデートルを見出だす。
仏教のジャータカの逸話は誰もが知る有名な話だが、森の火事を消そうとしたハチドリだけが称賛されるのではなく、ライオンもゾウも、最初に逃げ出したリスさえも、それぞれの役割を果たしたとされる。
この映画はまさしくジャータカの逸話通りの作品で、登場人物の誰もが素晴らしい。では、森に火事を起こしたのは一体誰なのだろうか。