「男たち、荒野の彷徨」最後の追跡 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
男たち、荒野の彷徨
アメリカでは“現代西部劇”と評され、オールド・ファンの支持を集めたらしいが、個人的には懐かしくもあり新しくもある不思議な魅力の作品であった。
厳密には西部劇ではないのだ。現代が舞台で、コンピュータやスマホもそれとなく登場する。
が、米テキサスの広大な荒野の風景が堪らなく西部劇の雰囲気を駆り立てるのだ。
また、シンプルなストーリーも。
銀行を襲う強盗兄弟。
それを追うテキサス・レンジャー・コンビ。
西部劇タッチの犯罪劇。そこに、貧困や先住民などアメリカが抱える“今”やテーマも挿入。
脚本は『ボーダーライン』と本作と『ウインド・リバー』の“フロンティア3部作”で名を馳せるテイラー・シェリダン。
アメリカの“闇”を社会派テーマと骨太なエンタメで描き、映画ファン/批評家双方から人気のある映画作家。本作でアカデミー賞の作品賞と脚本賞にノミネート。すでに『ボーダーライン』の脚本で注目されていたが、本作は特に評価され、名を広める一作となった。
監督デヴィッド・マッケンジーの手腕も手堅い。
2016年のNetflix配信作品。この時からずっと気になっており、やっとやっと鑑賞。
評判違わずの見応えある力作。
話はシンプルだが、非常に味わいあり。
銀行強盗兄弟のタナーとトビー。
弟トビーは真面目な性格。兄タナーは気性の荒い性格。
開幕いきなり銀行襲撃で始まり、兄弟が銀行をするに至った経緯は描かれないが、台詞の端々から窺える。
計画を立てたのは弟トビーの方。兄を誘ったよう。
銀行を襲う理由も、亡き母親の残した農場の借金返済。農場からは石油が採れ、トビーは別れた妻と暮らす子供たちに譲ろうとしている。
家族と一族の為。犯罪に手を染めてしまった事は愚かだが、彼は彼なりの“正義”と“信念”で動いている。
一方の兄タナーは…。暴力的だった父親を殺した過去を持つ。銀行強盗含め幾つもの前科あり。ムショ帰りの身でもある。彼がこの計画に参加したのは、家族(唯一の身寄りの弟)や一族の土地の為ではないだろう。根っからのワル。このスリルが好きで堪らない。
慎重派の弟と粗野な兄。だから衝突は度々。
が、決して兄弟仲は最悪という訳ではない。母親を亡くし妻子とも別れ、孤独の身のトビー。唯一頼れるのは兄だけ。タナーも荒々しく見えて弟思いの所がある。腐っても、切っても切れぬ兄弟の縁。
クリス・パインとベン・フォスターが熱演。
襲うのは郊外の支店。人の少ない開店直後。トビーの立てた周到さ。
襲撃したら出たとこ勝負。タナーの行き当たりばったりな大胆不敵さ。
それらが不思議と上手くいき、成功してきた。
が、ある時どうしてもデカイ山が必要になり、初めて急遽の計画変更。
郊外の支店ではあるが、これまでよりずっと大きな銀行。移動でギリギリ開店直後には間に合ったが、その日は給料日で、店内にはすでに多くの客が。
たった一つの小さな綻びが、連鎖的にミスを呼び込む。
警備員と客の一人が抵抗で発砲。撃ち返し、死者を出してしまう…。
慌てて逃走。これまで一切足が付かなかったが、遂に足が付いてしまった…。
そんな二人を追うテキサス・レンジャー・コンビ。
ベテランのマーカスと相棒のアルベルト。
この二人、相性抜群の名コンビ!…という訳ではない。相棒ではあるが、上司と部下でもある。
アルベルトはインディアンとメキシコ人のハーフ。真面目な性格。
一方のマーカスは典型的な口の悪い白人男。ジョークでまぶした人種差別的な発言でアルベルトをちょくちょくからかい、アルベルトは逆上する事はないがほとほとうんざり。
「俺のジョークが恋しくなって、俺が死んだら墓の前で思い出し笑いするだろう」「明日にでも願いますよ」…といった具合。
だけどアルベルトが心底マーカスを嫌悪していないのは、呆れているけど、マーカスの強い正義感があるからだろう。
マーカスは定年退職目前だが、執拗に捜査を続ける。
マーカスの最大の武器は、熟練さと土地勘。長年テキサス・レンジャーとして培った経験で、襲った銀行や僅かな情報を頼りに、行動パターンを見定めていく。
次奴らが襲うのは、ここ! 現場に向かう途中で緊急連絡。銀行で発砲発生。
ビンゴ! 絶対に捕まえてやる。
ジェフ・ブリッジスがさすがの重厚な演技と貫禄と存在感。
相棒役のギル・バーミンガムも好サポート。
作品は犯罪劇ではあるが、男たちの宿命、哀しみ、廃れた生きざま、その中に時折美しい孤高の姿が浮き上がる。
なので、渋く、硬派な作り。
もっとドンパチが見たい人には物足りないかもしれないが、本作はあくまで“現代西部劇”であり“犯罪劇”であり、“ヒューマン・ドラマ”であるのだ。
が、終盤の銃撃戦シーンは、荒野の風景とヒリヒリした雰囲気がスリリング。
結末もスカッとするものではないが、見る側に突き付ける。
追われる兄弟は別れる。負傷した弟を逃がす為に金も持たせて、兄は自分が囮になる。勿論再会は大前提だが、ひょっとしたらこれが今生の別れになるとお互い思っていたかもしれない…。
タナーは崖の上から発砲。その弾が、アルベルトの頭を貫く。
相棒を殺され怒りに燃えるマーカス。タナーの位置を狙えるさらに高い崖に回り込み、撃つ!
タナーは射殺。
これで一応事件は解決。地元警察も全てタナーの犯行とするも、マーカスは腑に落ちない。
強盗は二人組み。無鉄砲なタナーが一人で計画し実行したとは思えない。
タナーの素性が判明したので、易々とトビーに辿り着く。
警察は真人間のトビーは事件に関係ないとするが、彼の背景や土地の事から確信する。
弟が、主犯だ。
トビーとマーカスが対峙するクライマックスがハイライトと言えよう。
すでにマーカスは定年退職。逮捕する事は出来ない。
トビーは銃を構えるが、撃つ気はさらさらないだろう。
ひょんな事から銀行強盗になり、それを追う側に。
こうして生き延び一応の安住を手に入れたが、代償は大きかった。
トビーは兄を亡くし、マーカスは相棒を亡くした。
双方痛み分け。この“罪”や“痛み”を一生背負って生きていく事になる。
得られたものは何だったのか…?
いや、この追いつ追われつの果てに、勝者はいなかった。
逃走と追跡は終わったが、二人の空虚な心は当てもなく彷徨し続ける。この荒野の中を。