「テーマが陳腐の域を出てなくて残念」ブレードランナー 2049 unangpさんの映画レビュー(感想・評価)
テーマが陳腐の域を出てなくて残念
傑作「メッセージ」のドゥニ・ヴィルヌーブ監督作品で、とっても期待して見たんですけども。
いやあ、退屈な上にくだらない、長い長い映画でした。
僕はオシッコ行きたくて行きたくて、
でもなんか主人公のライアン・ゴズリングがいつまでもいつまでも悩んでいて。
なんでお前はララランドみたいに踊りださないんだよ、
ララランドみたいに能天気に踊ってみせりゃいいじゃん、
あーじれってー、もう早く俺にオシッコ行かせてくれよ、という映画でした。
でもこれ、Facebookなどで知ったかぶって褒めてる人多くて、ちょっと閉口。
内容を言えば、
結局「レプリカントのアイデンティティ探し」=「作り物にも魂はあるのか?」というテーマ。
もうこのテーマ自体が陳腐なんですよね。
魂あるに決まってるじゃん。だってそこに生きてるんだから。
魂なんてペッパー君にもaiboにもあるんですよ。
そんな当たり前なことを、レプリカントである主人公自身に悩ませ、
それを観客に見せる、という製作者の3重の自慰行為。
これに3時間付き合わされる訳です。
あー、じれってえー。
ちなみに80年代の不朽の名作、前作ブレードランナーがなぜ名作かというと、
「レプリカントのあり方」=「作り物のあり方」を直球で見せたからですね。
当時はこれだけでもう傑作ですよ。
だってそれまでそのテーマはSF小説の中でしか描けていなかったのですから。
初めてリドリー・スコット監督がシド・ミードの美術を得て描き出した「作り物」の世界。
これはそれだけで強烈な作品でした。
そしてそれだけで歴史に残る名作となった訳です。
で、そして時を経て、今ですよ。
AI等々で「作り物」が普通になってしまった今ですよ。
今「作り物」を映画作品にするのであれば、「作り物のアイデンティティ探し」を超えて、
「作り物のアイデンティティを突き抜けた姿」を描かねばならなかった。
ドゥニ監督はその才能がある稀有な監督だったのに、それができなかった。
可能性がありながらその機会を潰してしまった、まったくもって残念な映画な訳です。