「物語自身が持っている物語性を愉しむ」五日物語 3つの王国と3人の女 りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
物語自身が持っている物語性を愉しむ
17世紀初頭、イタリア・ナポリで書かれた世界最初の民話集『五日物語(ペンタメローネ)』からの映画化。
3つの物語が、綾なすタペストリーのように語られていく。
デヴィッド・クローネンバーグ作品の常連ピーター・サシツキーによる、緑や赤が鮮やかな画面は、濃密。
アレクサンドル・デスプラの音楽も重厚。
そして、どの物語も、おとぎ話だからといって、めでたしめでたし、とは、なりそうもない。
なんらかの教訓を得ようとか、幸せになれてよかったとか、そんな着地点を求めず、どのような結末を迎えるのか、本来、物語自身が持っている物語性を愉しみながら観ていく。
そんな映画。
ただし、よくよく観れば、登場する女性たちは三世代。
若い王女は自由を願い、中年の王女は子どもを望み、老女は若さを求める。
そして、彼女たち皆が、その願いや望みを得るのと引き換えに、何らかの大きな代償が伴っている。
原本から、この3つの物語を掬い上げたのは、なんらかの意図があるようにも思えるが、そんなことは考えないほうがいい。
物語自身が持っている物語性を愉しむ。
それは「映像によって物語を語る」映画本来のの愉しみ方なのだから。
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