「「家族」という名の洗脳」エル・クラン 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
「家族」という名の洗脳
アルゼンチンで実際に起きた事件を元に作られたという作品だが、事件のショッキングさや実話であるというインパクトよりも、人間という生き物の狂気と妖気を救い上げた時に浮かび上がるサスペンスを感じる作品だった。
父親が主導権を握る、一家総出の身代金ビジネス。その事件は凶悪であるのだけれども、その凶悪な犯行を、「日常」の一コマとして描き出される風景の異常さが、じわじわと効いてくる。地下室から叫び声や悲鳴が聞こえている中、当たり前のように生活する一家の姿に鳥肌が立ち、犯行から身を引こうとしながらも生まれ育った環境から抜け出すことのできない怖さに身震いがする。結局、平然とした顔でラグビーチームの練習に参加していたりするあたり、やはり狂気的だ。
「家族」というものはある種、洗脳に近い要素を持っている。無論多くの「家族」「家庭」は健全かつ人道的な良心を植え込んでいく、というポジティブな洗脳(言葉の意味が強いので語弊がないように注意したい)であるのだが、この映画に出てくる「家族」が植え込まれたもの、それが犯罪であり誘拐であり殺人だった。「家族」という組織がそもそも潜在的に持つ危うさが、この一家は「犯罪」という方面に伸びて変形し、歪になってしまったかのようだ。恐ろしいと同時に、あまりに哀れでやはり悍ましい。
シリアスに作ればどんどん暗く重く出来そうな題材だが、映画はブラック・コメディに近い色を持つ。監督は違えど同じくペドロ・アドモバル製作のアルゼンチン映画「人生スイッチ」の特徴でもあった、怒りと哀れみと毒を調合したような過激ながらもどこか可笑しいブラック・コメディの色合いがこの作品にも息衝いているよう。(アドモバルの妖しさも匂う)
しかしどうだろう?この映画から、「実話だ」という事実を差し引いてしまうと、映画としての面白味が薄らぎはしないだろうか?どうやらこの映画は、史実に忠実であることをモットーとし、限りなく事実に基づいていることを触れ込みにもしているが、史実に忠実であれば映画として面白いとは限らない。実際の事件の戦慄性の力を借りているだけにはなっていないか?実録ものの映画も本当に巧い映画は、実話であるということを差し引いても映画としての旨みがあるものだ。その点が「エル・クラン」は弱い気がした。
父親役のギレルモ・フランチェラの妖しい怪演は文句なし。そしてまるで頬にビンタを喰らうような衝撃的なラストシーンも好きだった。