「アンジーによるアンジーのための映画」白い帽子の女 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
アンジーによるアンジーのための映画
Pitt夫妻の離婚訴訟が報じられたばかりだが、平日16時45分のシアターは閑散としていた。「ハドソン川の奇跡」とはえらい違いである。話題性は必ずしも興行成績に結びつかないということだ。
舞台が南仏ということもあり、映画ではフランス語と英語が使われる。登場人物にアメリカ的な喧噪はなく、ホテルで過ごす夫婦の気怠い日々が淡々と過ぎていく。若い頃によく使っていた「アンニュイ」という言葉を思い出した。
映画は壊れかけた夫婦関係の話である。夫は懸命だが、妻は自分の殻に閉じこもっている。夫婦だけで過ごしていたら、いつまで経っても何も進展しないが、他人が絡むことによって、こんがらがった糸が微妙に解れていく。
夫婦間のコミュニケーションとセックスのありように主眼を置いた愛がテーマの、フランス人好みの映画のように見えるが、そうではない。フランス人なら世界の本質に迫ろうとする客観的な見方があるが、この映画にはそれがない。やっぱりアメリカ映画である。
あるのは妻ヴァネッサから見た世界だけだ。世界や他人がどうなるかではなく、自分がどう感じるかだけが問題なのだ。それは取りも直さず、監督脚本主演であるアンジーの世界観に等しい。
観客は振り回される夫ローランドに感情移入しても、妻ヴァネッサには感情移入できない。ローランドと同じようにヴァネッサのひとりよがりに振り回されるうちに、映画は終わる。最初から最後までヴァネッサの自分探しみたいな作品だ。アンジー監督が自分自身のためだけに作った、思い出のアルバムである。そこに等身大の女はおらず、愛もない。
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