「罪の無い子供たちに救いの手を、罪深い親たちに赦しを」淵に立つ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
罪の無い子供たちに救いの手を、罪深い親たちに赦しを
昨年公開された邦画の中でも特に高い評価を得た一作。
難解で見る者に考えも感じ方も委ね、決して万人受けする作品ではない。
結構覚悟して見たが、全てを理解出来たかとは別に、なかなかにじっくりと見応えがあった。
深田晃司監督の作品は恥ずかしながら本作が初めての鑑賞になるが、その深淵な語り口は見事だ。
小さな町工場を営む鈴岡家。幸せな家庭とは程遠いが、平淡で穏やかな生活。
ある日、父・利雄の旧友という八坂が住み込みで働く事になる。
突然の事に妻・章江と娘・蛍は困惑…。
八坂役の浅野忠信が登場しただけで何処か危険な雰囲気を感じる。
真っ白なシャツ。
腰低く、丁寧な言葉遣い。
実は八坂は前科者。
それを告白し、今は更正して誠実に生きる八坂に、蛍はオルガンを教えてくれる優しいおじさんと慕い、章江は親しみ以上の感情を抱く。
が…
皆で行った川遊びで、本心か冗談か、利雄に言い放った暴言。
別のあるシーンで、脱いだ作業着の下の真っ赤なシャツ。
八坂の中の何かの箍が外れた。
忌まわしい事件を起こして、八坂は姿を消す…。
いきなりだがここで、ドン引くくらいの自分なりの解釈を。
公式サイトやWikipediaなどでもそう説明されてるので、これは絶対間違ってる解釈だが、
八坂は本当にこの家族を破滅させたのか…?
内に秘めた欲と狂気でこの家族に一生消えない暗い傷痕を残した事はまず確か。
だが、しかし…、解せなかった点が二つ。
お互い邪な感情を抱いた章江と八坂。が、土壇場になって章江は八坂を拒絶。
この時章江はかなり強く突き放したのにも関わらず、八坂は「このクソアマ!」なんて言って(幼稚な発想でスマン…)殴るなどしなかった。
その抑えきれない衝動を蛍に向けた事になっているが…
蛍を怪我させたのは八坂だったのだろうか。
状況やその時の彼の感情から見ればまず間違いない。
が、ひょっとしたら怪我した蛍の傍にただ佇んでいただけかもしれない。
八坂が蛍に乱暴したというシーンは描かれない。それを思わせる“後の”シーンがあっただけで、勝手に忌まわしい何かがあったと思い込んでるだけかもしれない。
一方的に八坂を拒絶し、憎み、自分たちで勝手に苦しみと悲しみの泥沼へ…。
…と、まあ、これは本当に愚かで馬鹿な自分の解釈なので、ご勘弁を。
8年後。
蛍は事件の後遺症で車椅子の障害者に。
章江は蛍の介護に追われ、異常な潔癖症に。
利雄は探偵を雇い八坂を探していたが、何の手掛かりも掴めず。
もはや家族とは呼べないこの家族に、従業員として働く青年・孝司の存在が、静かな荒波を立てる…。
孝司はあの忌まわしい八坂の息子。
が、生まれて一度も父に会った事は無く、父に愛情と呼べる感情は抱いていないが、今ここで働いているのは、ちょっと父を知りたいという興味本意から。
彼は潔白だ。
彼の告白を機に、利雄と章江の心の闇があぶり出される…。
八坂とは共犯者であった事を告白、妻が八坂とデキていた事も知っていた利雄。今の蛍は自分と妻への罰だと言う。
昔聖母の如く迷える八坂に救いの手を差し伸ばしたのに、罪深い八坂に触れたせいで穢れ、その穢れた手の汚れを落とそうと必死の章江。終盤八坂と思われる男の居場所が分かり、孝司を同行させたのは、八坂の目の前で孝司を殺す為…。
二人共人の親なのに、何故こんな事が言える?
八坂は忌まわしいが、この二人こそ罪深い。
「俺、殺されてもいいッスよ」
子供に親の罪は無い。
子供にこんな事を言わせるな。
章江は蛍と共に終わらせようとする。
子供を道添にするな。
“人違い”は滑稽な迷走。
迷い、疲れ果て、行き着き足ったのは、絶望の淵。
最後の最後、罪深い親に一筋の赦しが。
どうか、子供に救いを…。