劇場公開日 2016年10月8日

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淵に立つ : インタビュー

2016年10月7日更新

浅野忠信 さらなる飛躍を遂げる国際派俳優が語るカンヌ受賞作の現場

海外でも活躍する日本人俳優としてまず浮かぶのが、浅野忠信だろう。「マイティ・ソー」シリーズや「バトルシップ」はもとより、邦画「私の男」や「岸辺の旅」でも海外の映画賞を受賞している。さらにマーティン・スコセッシの話題作「沈黙 サイレンス」が待機し、次回作では日本が舞台のアクション映画「OUTSIDER(原題)」で、ジャレッド・レトと共演することも決まった。そんな彼が「素晴らしい監督」と絶賛してやまない深田晃司と初めてタッグを組んだのが、新作「淵に立つ」だ。謎めいて、得体のしれないキャラクター、八坂を演じ、掛け値なしに最高の演技を見せる彼に、役作りへの熱い思いの丈を語ってもらった。(取材・文/佐藤久理子)

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小さな工場を営む利雄(古舘寛治)のもとに、ある日突然旧友の八坂が訪ねてくる。わけあって服役していた彼は、利雄に懇願し、住み込みで働くことになる。初めは不服だった妻(筒井真理子)も人当たりのいい八坂と徐々に打ち解け、娘も彼にピアノを教わるようになる。だが、八坂の目的は他にあった。脚本と役柄に惹かれたという浅野はこう語る。

「八坂は自分がどういう人間か知らないし、知ろうともしないし、そもそも知るという感覚を持っていない。小さい頃からなにか心にぽっかり穴が空いているというか。そういう人間が自分の都合だけで生きてきて、面倒になると嘘をついて逃げる。それも生きる手段というほどでもなく、たんに虚言癖。たちが悪いんです(笑)。八坂の謎めいた部分は、まあ僕なりに理由を考えて作ることもできたとは思うんですが、むしろこれは理由なんて知らない方がいい、そう思って演じました」

謎は謎として受け入れる。もちろんそれは、わからないと投げ出すことではない。浅野は八坂の心の闇をそっくり受け入れつつ、身体的な面でその特質を表現することにも全霊を傾けた。たとえば刑務所から出たての八坂のきちんとアイロンのかかった白いシャツ、撫で付けた髪、硬い所作。一方、その後八坂の正体がわかってくると、真っ赤なシャツを纏い、ぞっとするほどの不敵な笑みを浮かべる。

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「衣装や髪型など細かい点は役を表現する上でとても重要なわけで、それをいい加減なものには絶対にしたくなかったんです。極端に言うと、ブルース・リーの黄色いジャージ(笑)。八坂に、なにかどきっとするような状態でいて欲しかった。たとえリアルな映画でもそれは表現できると思うんです。たんにリアルということではなく、“映画においての”リアリティを求めた方が面白いのではないかと」

「最初にミーティングをして、たとえばリハーサルはちゃんとやりたいとか、いろいろと好き勝手なことをたくさん言わせて頂いたんですが、深田監督はそういうことを全部きちんと受け止めて対応してくれたんです。よく日本映画の場合、予算がないといってあまり理想的ではない環境に陥りやすいんですが、ちゃんと準備しておかないと危険なわけで。たとえば実際に準備していくうちに意見が異なることだって出てくるわけです。でもそのときに時間がないと、諦めなければならない。それを前倒しでやっていけば、いい意味で歩み寄って、じゃあどうしようかとその先のアイディアが生まれるわけです。深田監督はまた、俳優から生まれたものも生かしてくれる。やはり誰よりも役のことを真剣に考えているのは俳優ですから、そのことを適当に扱って欲しくないなと自分としては思うわけですが、こちらの提案に対してまず、『なるほど、やってみましょう』と言って、それをちゃんと見てから判断してくれるんです。そこが素晴らしいと思いました」

そんな熱い情熱は共演者にも伝染し、映画全体の熱量をあげる要因となったようだ。八坂はドラマの焦点でありながら映画の後半、ほとんど姿を消すのだが、それにも拘らず八坂の影は尾を引き、残された家族は壮絶なドラマを経験する。それを古舘、筒井らが前半に勝るとも劣らぬテンションで高めている。

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「初めて映画全体を見たときは、おおと驚きました。とくに筒井さんの後半の変わりように。脚本を読んだときからこれは後半がとても重要になると思っていましたが、編集も含めて、一番いい状態に映画が仕上がっていると感じました」

その客観的な視点、冷静な判断力は、さまざまな現場を体験し、キャリアを築いてきたからこそ培われたものだろう。「沈黙 サイレンス」のスコセッシ監督についてもこう称賛する。「彼も俳優のことをちゃんと見ていてくれる、俳優から何かが出てくるのを楽しみにしてくれている監督です。逆に俳優がつまらなかったら、面白くするために努力を惜しまないし、そうなるまで先には行かない」

ここ1年でさらなる飛躍を遂げた浅野は今、その先にどんなビジョンを持っているのだろうか。「ありがたいことに若い頃からいろいろな人と映画を撮ることができたので、(国内外の)垣根はなくなりましたね。面白い人とどんどんやっていきたいなと思いますし、それはどこの国の人でもいいと思っています」

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