「親の罰」淵に立つ 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
親の罰
色の中では、僕は白色が一番嫌いである。
白色というのはとかくキレイ過ぎる。
自身を真っ白く着飾るのは、私は清廉潔白ですよと
殊更にアピールしているようで嘘臭くて信用ならないし、
でなくても「汚れる余地がある」という不安感を覚える。
(まあ学生時代の約2年間、真っ白な服を着て
真っ白な部屋にカンヅメで、早朝から深夜まで
独り黙々作業し続けたのが若干トラウマなのも大きい)
なので、浅野忠信演じる八坂には、登場時から
不穏な空気を感じずにはいられなかった。
綺麗過ぎる白シャツと作業着、綺麗過ぎる言動。
主人公やその妻子に優しく丁寧に接する姿を
見ても、どこか底が知れず不気味なのである。
その白々しいほど整った身なりが変化し始めるのは、
川の淵で主人公・利雄に侮蔑の言葉を吐いてから。
あそこから彼の言動は少しずつ助長し始める。
それに合わせるかのように作業着には汚れが
目立ち始め、終いには彼はその作業着を脱ぎ、
強い衝動を連想させる赤色のシャツをあらわにする。
* * *
いや、僕は彼が最初から赤い本性を隠していたとは思わない。
最初の彼は本気で更生しようとしていたんだろうと思う。
けれどきっと、利雄の妻子と親しくなるにつれ、自分が
(あんな小さな男の為に)犠牲にした年月の重さを
思い知らされ、怒りを蓄積させていったのだと思う。
そして、もう決して手に入れられないもの、
他人に取られてしまったものを叩き壊したい
という衝動に突然駆られたのだと思う。
* * *
まあ、そんな行為を正当化できる訳もない。
僕に言わせれば親の罰はあくまで親の罰で、
その罰を子どもが背負うなんてのは間違ってる。
利雄はテメエ可愛さで妻子を八坂へ差し出したようなものだ。
おまけに娘の不幸は自身が招いた事態だと自覚していながら、
「事件のお陰でやっと家族になれた」だと宣うなど、
もはや愚劣ですらある。どうしてお前が罰を負わず
妻子が苦しむのかと横っ面を張り倒したくなる。
一方で八坂が罪を犯したばかりに、その息子は
復讐の為にお前を殺すと脅される。
「いいっすよ、自分、死んでも。それで気が済むんなら。」
そんな台詞を息子に吐かせる立場に追い込んじゃ駄目だよ。
映画の最後に、利雄は全てのツケを支払う羽目になった。
だが、それよりもっと大きなツケを支払ったのは周囲の人々だ。
娘が泳ぎ去る幻は、彼女がようやく自由になれた
姿だったのだろうか。それが唯一の救いだろうか。
中盤の4人で寝そべる姿がそのまま写真黎明期の
遺体記念写真のようになってしまうカットは、
悲劇と言うべきか皮肉と言うべきか。
* * *
映画のタイトルにある淵とは何だったのだろう。
自制を失い衝動的に罪を犯すその境界?
平穏な日常からドン底へと落ちるその境界?
気付かない内に人は淵のスレスレを歩いているの
かもしれないし、あるいは思いもよらぬ誰かから
手を引かれて、淵に引きずり込まれるのかも。
八坂はきっと映画の初めからそういう淵に立っていて、
そして最後、同じ淵に立ったあの妻を嗤ったのだろう。
* * *
相当に救いの無い物語なので万人にオススメは
できないが、静かで不気味な緊張感が充満する
サスペンス作として見応えがあった。
ただ、現代的であれ全時代的であれ、何かしらの
テーマが心に残る作品というよりは、人間心理を
主軸としたミニマムなサスペンス作に終始した
印象が拭えず、その点が不満点といえば不満点かな。
雰囲気が似て感じた『葛城事件』と比較して
そこでやや落とすが、観て損ナシの3.5判定で。
<2016.11.19鑑賞>