「青春の青臭さと甘酸っぱさを封じ込めた音楽映画」シング・ストリート 未来へのうた 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
青春の青臭さと甘酸っぱさを封じ込めた音楽映画
「ONCE ダブリンの街角で」が日本で公開されて以降、ジョン・カーニーの作品が大好きだ。とにかく、ジョン・カーニーの「音楽に対する愛情」が作品からひしひしと感じられるからだ。「はじまりのうた」でもそうだった。ジョン・カーニーの映画の中で「音楽」には、高価な機材も必要ないし、高度な技術も要さない。ただ音楽への愛情と、表現したい想いさえあれば、それは既に音楽であり、風の音も空気の音も時間も空間も瞬間も、すべてが音楽だと投げかけるかのようで、それが実に心地いい。
そして今回、再び舞台をダブリンに戻した「シング・ストリート」では、音楽の要素としてなんとMVを取り上げているではないか。これは個人的に意外なことだった。商業的な気配の漂うMVのことをカーニーは寧ろ厭らしく思っているのではないか?なんて邪推していたからだ。しかしカーニーはそんな無粋な男ではなかった。音楽を表現する手段として(売るためではない)のMVを評価し、それを自らの手で作ろうとする姿の中にも音楽を見つけていた。立派なスタジオも大げさなカメラも必要ない。街角と家庭用ビデオがあれば列記としたMVだとカーニーは言う。そしてそのMV製作を通じて、年上のお姉さんへの初恋が紡がれる。それがまた、青くて若くてまっすぐでいじらしい。恋が少年を男へと変えていく様が良く描けている。
そしてまた、やっぱりこの作品の音楽が最高にイイ!「ONCE ダブリンの街角で」も「はじまりのうた」もサウンドトラックが最高に素晴らしかったが、今回もやっぱりサウンドトラックを手に入れたくなってしまう。80年代のブリティッシュロックに影響を受けたダブリンの少年の若さと青さと不器用さと躍動感のすべてを表現したような楽曲が秀逸で、聴くと一瞬で青春のスイッチを押されてしまう。音楽を通じて、バンドを通じて、初恋を通じて、少年が逞しく男らしく成長していくだなんて、ありきたりだけど普遍的なテーマを、素晴らしい楽曲が見事に彩っていく。あぁ、ジョン・カーニーの音楽に対する無償の愛はまったく変わっていなかった。
実はこの映画は兄弟愛の物語でもある。少年が音楽において最も多大な影響を与えたのは、著名なロックバンドではなく「お兄ちゃん」の存在だ。兄が聴いていた音楽、兄が語っていた音楽論、兄がやっていた楽器・・・兄の背中を見て弟である少年は成長してきた。終盤、そんな「お兄ちゃん」の本音を少年は初めて耳にする。そしてそれは、少年がもう「お兄ちゃん」の後ろを追いかける「弟」ではなくなることを意味していた。エンディングでの兄弟二人は、兄弟としてではなく男同士として向き合っているように見える。あぁ、それもまた青春の通過儀礼だ、と思い返す。