劇場公開日 2017年2月25日

「癒しから母性へ。荻上監督は、明らかに変化し、成熟。」彼らが本気で編むときは、 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0癒しから母性へ。荻上監督は、明らかに変化し、成熟。

2017年3月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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幸せ

 『かもめ食堂』『めがね』などで癒やし系のイメージが定着した荻上直子監督が、自ら「第二章」と位置付ける5年ぶりの新作です。本当に、第二章にはいったなぁと感じました。これまでの“たそがれる”という癒し感覚をベースに、それを発展させる形で“母性”を感じることができました。
 女性の自立した生き方を独自な感覚で描き、拍手喝采された『かもめ食堂』。経済的に豊かになり、日本の外へ自由に旅立った格好いい、あの時代の女たちから、荻上直子の関心は、明らかに変化し、成熟したといえるでしょう。

 本作は、まず性的転換をしたリンコに目がいきがちです。でもリンコが幸せをつかむまでの苦難を描く作品ではありませんでした。彼女自身も恋人もすでに当たり前に受け止めているという前提からすでに作品は始まっていたのです。

 それより強く感じたのは、リンコが同棲相手の姪っ子トモに見せる圧倒的な母性。それが最近まで男だったとは思えない仕草だったのです。母性を感じさせるのはリンコばかりではありません。この作品には、いろいろな“母親”が登場してきます。例えば、息子の心が女性であることを受け入れ、守り抜くリンコの母。息子に同性愛の気があることを嘆き、リンコに近づけまいと拒絶するトモの同級生の母。前者は性同一性障害を受け入れた母であり、後者は受け入れることができなかった母に思えてきます。けれどもどちらの母親も子供のことで必死なんです。我が子を愛するがゆえの言動を、荻上監督は一刀両断としない視点、世の中にはいろいろな人がいるという多様性を認める監督の豊かな視点を感じられてとても好感が持てました。

 母である前に女でありたいトモの母(ミムラ)。時折娘を捨て男に走るため、小学5年生のトモ(柿原りんか)は、何の前触れもなく独り置き去りにされてしまいます。そこには、トモが好きだからと、母がコンビニで買っきたおにぎりが大量に残されていました。母には、コンビニのおにぎりを食べると吐いてしまう娘の嗜好も知るよしもなかったのです。

 そんなトモがいつも頼ったのが、叔父のマキオ(桐谷健太)。マキオの家に向かうとトモを温かく迎えてくれたのは、マキオの恋人で、女性への性別適合手術を受けたリンコ(生田斗真)でした。その日から3人の新しい暮らしがはじまります。

 初めはリンコを不審の目で見るトモでしたが、実の母より母らしいリンコに次第になついていくのです。ふたりの心が通い合う様子に本当に心が温まりました。
 けれども気まぐれなトモの母親は、いつ男に飽きて、家に帰ってくるかもしれません。でもそんないい加減な母親よりも、絶対にこのまま3人で暮らした方が幸せだと思えるような展開。
 子供を産めないリンコは、正式に法律として女性と認められたら、結婚してもトモを自分の子供として引き取りたいとマキオに告げます。
 表題の『彼らが本気で編むときは』の意味は、リンコが“男性”を卒業する一区切りとして、趣味の編み物であることを目指したことに由来します。そのあることとは、かつて身体についていて手術で切断したイチモツを供養するため、イチモツに似せた編み物を108個の煩悩の数だけ編み込み、焚上げて供養することだったのです。最後はリンコだけでなく、マキオもトモを協力して、何とか作品のラストに間に合わせます。だから彼らは本気で編んだのです。でもそんなことが本作のネタバレではありません。

 大事なネタバレポイントは、トモに降りかかる家族の絆の問題。でも家族は簡単に選手交代ができるチームではありません。ともすれば「絆」という言葉が安直に描かれがちな作品が多い中で、その意味を深く考えさせられる結末でした。

 それにしても本作で堂々と主役のトモ役を演じた柿原りんかという子役は、なんと肝の据わった子なんでしょう。母親の育児放棄にもめげない強い気性を立派に演じてくれました。あれがあったからこそ、リンコの母性を貪るかのように懐いていく過程が輝いたのでした。そして難役をさらりと演じた生田の好演も忘れがたいもの。トモを抱きしめている姿は、どこから見ても母親そのもの。そんな母性の描き方が素晴らしくて、繊細で泣けました(T^T)主演女優賞をあげたいくらいです(^^ゞ

流山の小地蔵