「良くできた映画だがステレオタイプすぎる」彼らが本気で編むときは、 めいさんの映画レビュー(感想・評価)
良くできた映画だがステレオタイプすぎる
母が突然家を出ていった少女トモは、叔父のマキオの家に身を寄せる。そこで、彼の恋人である性転換手術を受けた女性リンコと出会い、同居生活を送ることになる。最初は元男性のリンコに戸惑うトモだったが、母の愛情に飢えていたトモをリンコは我が子のように可愛がり、叔父マキオと共に家族のようになっていく。だが戸籍が男性のままで理不尽を受ける事やトモの母になりたい気持ちから、リンコは108つの男根の編み物を終えたら、戸籍を女性に変えると決意する。
観る前生田斗真の某コメント読んで色々不安だったけれど、映画としては良くできた映画だった。母の愛情を知らないトモにリンコが惜しみ無い愛情を与え、絆が深くなっていけばいくほど、周りの普通の人々からは異様な関係だと理不尽な迫害を受ける。その理不尽さを乗り越えるために、リンコは編み物を編み続ける…。
生田斗真のリンコは観ているうちに女性にしか見えなくなった。というか女性らしすぎるぐらいで、大変失礼ながら「普通の女性よりも圧倒的に女性らしく」て、そっちの意味で自分は違和感を感じた。けどトランスジェンダー女性の女らしくあろうとする振舞いを、生まれつきのシスジェンダー女である自分が、女性らしすぎると言うのも何だか傲慢だし、暴力的だと思う。しかし、それでもトランスジェンダー女性の描き方はステレオタイプすぎるような気がした。
リンコはトランス女性で、マキオとの関係も異性愛者の恋人のそれだった。トモの同級生のゲイの男の子や、トランスジェンダーへの偏見を描いてはいるけれども、この映画はセクマイの関係というよりは、血の繋がらないリンコとトモが家族になる過程がテーマの映画なのだ。なのでLGBTQ的なものを期待して観に行くと、客は多分違うと感じると思う。むしろリンコの母性愛に対する賛美や、理不尽さに立ち向かうのではなく、編むという行為を通して自分の中で堪え忍ぶことを推奨しているので、マッドマックスFR等が好きな人とかにはなかなか相性が悪い映画だと思う。マキオがリンコに惚れた理由が、母親に対する献身さというのも、女性が追わされているケア性や、そういった社会のイメージを賛美しているようにも見え、自分は違和感を感じた。
つまり、LGBTQを登場させてはいるけれど、多様性があまり感じられない点が気になった。一見してトランスジェンダーと分かる女性や、サッカーではなくバイオリンを弾くゲイ少年。家族の形や、母性愛や、女性らしさ…色んな点がステレオタイプすぎると感じた。