劇場公開日 2016年8月20日

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火 Hee : インタビュー

2016年8月18日更新
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桃井かおりが生んだ狂気の女「観客の美意識と知性を信じ、媚びずに作った」

桃井かおりの監督第2作「火 Hee」が公開される。原作は芥川賞作家・中村文則の短編小説で、放火を犯した娼婦が精神科医と対話しながらその生涯を独白する物語だ。桃井が監督、脚本、主演、そして衣装や小道具までを一手に引き受け、ロサンゼルスの自宅でわずか10日間で撮影。主人公が一人称でただただ話し続けるだけという原作から、重い業を背負いながらも消えない炎のように生に執着する女を生み出した。見る者に女の存在感と狂気をありありと感じさせる、桃井の溢れんばかりの才気が光る作品だ。(取材・文/編集部、写真/余澄)

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桃井が演じる主人公の女は、幼い頃に火事で両親を亡くし、学校でいじめを受け、結婚相手に浮気をされ離婚。その後アメリカに渡り、売春をしながら借金生活を送っていることを精神科医に告白。そして、最初の診療から数年後、女は殺人罪で起訴される前に、精神鑑定を受けるという状況で医師と再会する。

「原作は一人称の女のセリフだけで、ト書きもない小説。その、文学的な勇気を考えると、映画にする私はもっと勇気が震えるな、型にはまって撮ることは許されないぞ、と。一気に原作を読んで、最初に頭に浮かんだのが、刑務所で一生懸命壁に向かってしゃべっている女だったんです。力のある原作なので、どのように撮るのかは運命の様に生まれて、どの道に行くか私にはわかると確信できました。一人称の話し言葉のトリックは、読者にゆだねるということ。聞いている人間にゆだねるということなので、私もこの女が話すことが真実かどうかはお客さんにゆだねたかったんです」

時間が行き来する編集や、斬新な音使いなど、女の不安定な精神状態を実験的な手法で表現した。「私、結構いい監督たちと仕事してきているので、彼らが見たときに、ありきたりのやりかただと『何おまえ、型にはまった二番煎じみたいなのをおまえが撮らなきゃいけないんだ』って言われちゃうじゃない。やっぱり私でしか撮れないオリジナルなものでないと」

映像作りは「絵を描いていくような楽しみ」だったという。「一旦描き始めてから、こっちはこうかなといろいろ発展させていくんですが、現場も同じです。エレベーターのシーンのセリフは、俳優の顔合わせで声を聞いてからセリフを書いて、その場で覚えてもらいました。こんな感じでセリフはほとんど現場で書きましたね」

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自身の出演シーンはほぼワンテイクで撮影。現地で採用した俳優、スタッフらとのやりとりの中で沸き起こった感情を、即興でセリフやしぐさに落としこんだ。「最悪な女だけれど、生命力が強いから予知能力みたいに死刑になるのをどこかでわかっていて、それで、死ぬ前にとにかく何かを信じて、一度体ではなく言葉で信じてつながってみたいと願う、けなげな生き物なんです。殺すには惜しい女だなって思われたら、うれしい」

そして、「俳優として初めて、体のほうが先に反応していくのを経験した」と明かす。「それを中村さんに話したら、同じ手法で『火』を書いて、唯一のルールはト書きを書きたくなっても書いてはいけない。それは、犯罪だという思いで書いたとおっしゃっていました。そういう意味では、原作に近い志で撮れたと思っています。今、アニメですら先が予測できるようなストーリーだともたないですし、見る側が高度になっていると思うんです。だから、ある意味、観客の美意識と知性を信じて、媚びないで作りました」

撮影期間わずか10日、そして低予算という縛りが、アーティストとしての桃井の感性とDIY精神をより刺激したようだ。「ダンボールからシーツ、お皿、すき焼きの肉まで我が家にあったものですから。飛行機代も衣装代も出ないから、スタイリストも雇えない。なんかもう、できることは自分でやっちゃったほうが早いなって言う感じでしたね。人を動かすほうが面倒くさい。才能がないと、こんな苦しい仕事はないと思う(笑)」

絶望的な状況にもかかわらず、最後まで自分の生きる価値を問い続ける女の姿から、観客はある種のエネルギーを受け取ることができるだろう。「すごく嫌なことがあったり、自分がダメだと落ち込んだり、最悪だと思った日にこの映画を見たら、『ああ、私のほうがずっとましだ』と思ってもらえる、そんな映画だという気がするんです。もちろん映画は娯楽だけど、誰かの人生の何かの役に立ってほしい。そういう気持ちで作った映画なんです」

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