「幸せな悲恋」ぼくは明日、昨日のきみとデートする RKさんの映画レビュー(感想・評価)
幸せな悲恋
原作未読、backnumberの主題歌が好きでそこから見たパターンです。
映画を見てから改めて聴くと「あなたを好きなまま消えていく」という歌詞が沁みてきます。
決して叶うことのない悲しい恋ですが、それでも出会えて幸せだったふたり。
ラストのエミ視点がよかったですね。
「テネット」もそうですが、この手のお話は2回見るとまた違って見えてきます(ので2回見ましょう)。
なお、この手のファンタジーに細かいアラを見出すのは無粋の極みですが大変気になって途中で集中できなくなってしまったのが、以下の点。
原作に説明があるのでしょうか? ご存知の方教えてください。
(1)30歳のエミが渡した箱の鍵を、どういう仕組みで20歳のエミが持っていたのか? 妥当なところでは20歳の時に鍵を入手した25歳のタカトシが15歳のエミに会った時に渡したのだろうけど、だったらその描写があっても良かったかなぁ。
(2)箱の中の家族写真はいつエミの手にわたり、箱に入れられたのか? 即日プリントしてその日のうちに渡したとして、エミにとって数日後になる、箱を開けたあの日あの場、エミは数日前に撮影した写真を持っていることになるので、あの場には「物理的に同一の写真が2枚」あったことになる、でいいのかな。
(3)25歳のエミはなぜ15歳のタカトシに何も伝えなかったのか? 映画にはそもそもその時点の出会いのシーンがなかったのですが、敢えて会わなかったとしてもその心情は伝えて欲しかったです。タカトシは15歳時点でエミにネタバレしていて、そのことはエミも重々承知の訳ですし、どんどん「見知らぬ人」になっていく恋人を見て心引き裂かれる思いをする訳ですし。まぁそれだとそもそもこのお話自体が台無しになるんですが。
特に(3)は何となく男側に甘いというか、一夜を共にした時点をピークとして、女性側はどんどん他人行儀になっていく恋人に悲しみを堪え最後は一人で泣き崩れるのに対して、男性側は多少よそよそしくはなるものの、別れ(=出会い)の瞬間まで手を取り共に過ごせる関係を5年後に仕込み、彼女を自分に「辿り着」かせているわけです。
逆に女性にはその選択をさせていない理由が不明(作者の都合を登場人物が忖度するのは論外)な点がマイナスポイントかなー、と思っています。