レジェンド 狂気の美学 : 映画評論・批評
2016年6月7日更新
2016年6月18日よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿シネマカリテほかにてロードショー
トム・ハーディ増殖。かつてない挑戦が、怪優の眠れる魅力を余すところなく解き放つ
つくづく底知れぬ俳優だ。プロレスラーのような肉体、相手が震え上がるほどの眼力、尋常ではない狂気。かと思えばイカツイ風体の中に、とびきり純情でコミカルな一面さえ覗かせたりもする。そんな得体の知れなさこそトム・ハーディのたまらない魅力。ただし、本作はこれまでと違う“特殊すぎる”側面も併せ持つ。なにしろ彼が演じるのは伝説的な双子ギャングスターで、容貌も性格もまるで異なる双方をたった一人で体現しているのだ。そんなわけで、ハーディ濃度2倍の魅惑世界へようこそ。
舞台は60年代のロンドン。スウィンギング・ロンドンと呼ばれる若者文化が芳香を放つその影では、イーストエンドに生まれ育ったレジー&ロンの“クレイ兄弟”がライバル勢力を一掃し、今や裏社会を完全に掌握しようとしていた。そんな途上で片割れのレジーは、ひとりの可憐な女性フランシス(エミリー・ブラウニング)と出会い、やがて永遠の愛を誓い合うのだが———。
クレイ兄弟の半生は過去にも映像化されてきた。悪名高い彼らがロンドンっ子たちにこれほど語り継がれるのは、双子というキャッチーさと、一筋縄ではいかない個性、さらに階級社会のこの国で底辺からのし上がった実績ゆえか。とりわけ精悍な顔つきのレジーは人望も厚く、ビジネスの才覚にも長けた男として描かれている。フランシスにも情熱的に愛を告白し、一緒になれるのなら、俺、真っ当な人間になるから、と約束も交わす。その目は真剣だ。
しかしストーリーがこうやって穏やかな愛や繁栄を語り始めると必ず顔を出すのが、もう一方の片割れロン。情緒不安定かつ凶暴で、そばにはいつも無神経な恋人(タロン・エガートン)をはべらせる彼が「待たんかい!」とばかりに暴れはじめ、せっかく築き上げた全てを台無しにしてしまうのである。この豪放なビルド&デストロイがもう、笑ってしまうほどの面白さ。一人二役のハーディが自分自身と共演することで生まれるケミストリーたるや尋常ではないし、観客からすれば双子というよりドッペルゲンガーとの対峙のようにすら思えるところだろう。
名匠ブライアン・ヘルゲランドは、かくもトム・ハーディという俳優のリミッターを完全解除し、底知れぬ魅力を思いっきり炸裂させた。結果、クレイ兄弟という歴史的題材はこの怪優によって完全に食い尽くされたと言っていい。本作はそんなハーディの“レジェンド”ぶりを讃え、なおも貪欲に更新しようとする快作なのだ。
(牛津厚信)