劇場公開日 2016年5月21日

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「現代日本の縮図を描いた傑作」海よりもまだ深く あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0現代日本の縮図を描いた傑作

2025年7月6日
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鑑賞方法:VOD

海よりもまだ深く
2016年公開

序盤に映るのは西武池袋線、停車した駅は清瀬駅、主人公がバスで来たのは清瀬団地
建設されたのは昭和42年1967年のことだそうです
団塊世代の新婚家庭が入居して、子供を産み育ててきた日本人の典型的な家庭があったところ
主人公は、姉とともにこの団地で育ちました
父母世代が入居してから40年経過していまでは、子供達は大人になり巣立っていって、団地に残っているのは孤独死を心配される老人ばかり、公園で遊ぶ子供の姿もありません

つまりこれは平均的な日本人の家庭のお話だとことを説明しているのと同時に、現代日本の縮図なのだ言っているのだと思います

父が亡くなり母が一人で住む家に勝手に上がり込みます
自分が生まれ育った実家なのだから何の問題もありません
でも仏壇の引き出しやら、貴重品を隠していそうな所をガサガサし始めます、母が帰宅するとそれを気づかれないようにとりつくります
探していたのは掛け軸のはずですが、どうも金目のものであれば見つかればなんでもいいようです
生活に困窮していて別れた妻との息子に会うためには養育費や父親らしいことをしたい為の金がいるからです
親から泥棒してでも自分の事を優先しようとしていたわけです
本人は親に甘えているだけのつもりかも知れません

でも、これって大きく俯瞰してみると、8050問題のことのように見えます

80代の親が50代の子どもの生活を支えるという、高齢化社会における社会問題のことです
もっと巨視的にみると今の日本は経済困窮に喘いでいて、既に引退した世代が家庭や、社会に遺してくれたいろいろな遺産をあてにしやりくりするほかない日本の国の現状を映画にしてあるように見えました
主人公も姉も盛んに母の年金のことを口にして当てにしています

母はそんなことすべてわかっていて文句ひとつ言わないのです

団塊ジュニア世代だって、夢を実現しようと精一杯頑張ってきたのです
でもいまはこのていたらくなのです

父や母の愛なんて意識したことなんかあまりない、だって親なんだから当たり前だと思って育ってきたのです

しかし父が自分の病気の治療費の為にお宝のはずの掛け軸を質に入れたことや、形見の硯を質に入れようとすると、文学賞を取った時それ程までに自分を誇りにしてくれていたことを知ります

海よりもまだ深く父母に愛されていたことをいまさらながらに主人公は知ります

本作のタイトルはテレサ・テンの1987年の大ヒット曲「別れの予感」の歌詞から採られたもの
劇中、中盤で小さく流れます

その年はバブル突入の頃です
日本はその時の負の遺産によって失われた30年となり日本はこのような体たらくとなったのです

いまは、それでも僅かに残った遺産を見つけてはそれを処分してなんとかくいつないでいる有り様です

すべてはバブル崩壊のせい?
そんなわけはないでしょう
それでもバブル崩壊という台風で夢は吹き飛ばされてしまいました
公園に散らばった宝くじを拾い集めてみてもそれが何億も当たるなんてことがある訳はありません
そんなもの全部お前にあげるよと言われても、次世代の子供は掛け軸や硯のように父の愛を感じてくれるわけもないでしょう

主人公の父は既に死に、母も劇中の台詞のようにいずれ死ぬでしょう

次世代の子供達を、私達は海よりもまだ深く、空よりもまだ青く愛することができるのでしょうか?

私達は父母よりも次の世代を愛することなんてできないのでしょうか?
次世代に遺してあげる遺産すらない、いやそのために取っておこうしていたものまで、目先のことに使ってしまっているのではないのでしょうか?

選挙の夏
どの政党も財源もないのに一時金や減税ばかり公約しています
次世代に遺すどころか、つけを回そうとしているのではないかと思ってしまうのです

劇中、心に残った台詞

なあーんで、こんなことになっちゃたんでしょうねえ

どこで狂ったんやろ、私の人生
それもひっくるめて私の人生

こんなはずじゃなかったよな
ほんとにそう、こんなはずじゃなかった

まだなれてない
なれたかどうかが問題じゃない、大切なのはそういう気持ちを持って生きているかどうかということなんだ

あき240
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