「薄れた夢でも未来を紡げ」君の名は。 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
薄れた夢でも未来を紡げ
昔から2Dアニメとロマンス映画がニガテな自分
(キライとかじゃなく単になんか小っ恥ずかしい)。
なのでニガテ要素2つが壮絶なツープラトン
を仕掛けてきそうな本作を観るつもりは
元々は無かったのだけど、本作の監督の大ファンで
あるという知人から「面白かったですよぉ」
と勧められた手前、ちゃんと観て感想言わないのも
失礼だし……という恐ろしく後ろ向きな理由で鑑賞。
おまけに僕は「新海……誠……ああ……名前……
くらいは……(力無い微笑)」程度の観客です。
まあ最初からネガティヴなこと言ってる訳だが、
感想はというと……いやいや、面白かった!
シナリオも後味も良いしテーマと思える点も好み。
観て良かったですよ知人氏、ありがとうです。
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『男女の人格が入れ替わる』という設定自体は映画
のみならず様々な物語で扱われてきた設定ではあるが
それでもこの物語はステレオタイプに収まっていない。
それはタイムトラベルものとの組合せによる所もあるが、
見応えのある映像、音楽や台詞が刻む快活なテンポ、
先読みしづらくサスペンスフルなシナリオの賜物だ。
まずは写実的な風景描写の美しさ。
冒頭の彗星落下シーンや東京の都市風景も
良いが、軒先の庭から捉えたショットなど、
植物の美しさは特に印象的。
キャラクター達の動作についも、コミカルな
動作は勿論(人の胸揉みながら号泣すんな(笑))、
奉納舞やペンを走らせる指などのここぞという
場面でのリアリティある所作にハッとさせられる。
(これらの精緻さはアニメのキャラクター達に
感情移入させる上では殊更重要なんだろう)
だが一番印象的だったのは、語り口の巧みさ。
例えば主人公2人が“入れ替わり”に気付き始めてから
中盤までの展開は殆ど定石とも言えるものだが、
そこも映像・台詞・音楽によるテンポの
良さで乗り切り、中弛みを感じさせない。
なかでも台詞の応酬のテンポについては特筆すべき。
離れ離れの2人でも、台詞をリズミカルに重ねる
ことであたかも会話のようなテンポが生まれる。
それはそのまま2人が互いに親密さを覚え
始めているという描写にもなっていたのだろう。
そのテンポが最高潮に達するのが、あの中盤だ。
後半の展開も読めなかった。
劇場で幾度となく流れていた本作の予告だが、
“前世”というキーワードや隕石落下跡を敢えて
見せたのはひょっとしたらミスリーディングを
誘ってたのかしら。僕は途中まで、てっきり
タキ側の時系列が昔の方で、しかもそれは有史以前
にまで遡るのではという的外れな予想を考えていた。
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忘れた夢についての語りから、本作は始まる。
大事なことなら忘れないはずなんて言うけれど、
人の記憶なんてものは自由にはできない物。
写真で顔は思い出せても、
年を経るごとに薄れゆくあの人の声。
写真すら取って置かずに離れた為、
輪郭を失ってゆくあの人の顔。
忘れたくない。忘れる筈がない。忘れるものか。
そう歯を食い縛ってみても、人は忘れる。
そういうものだ。
だけど、忘れたこと=些細なこととは限らない。
村での出来事を忘れてしまった後のタキは、
人の心に残る風景を造りたい守りたいという
強い想いを胸に就職活動に臨んでいた。
それは言うまでもなく好きな人を、そして
その人の故郷を救いたいという心の残滓だ。
とうに薄れたはずの記憶なのに、その記憶は
今の彼を未来へ突き動かす原動力となっていたのだ。
大切な記憶というのは、
例えその輪郭を失ってしまっても、その人の
心臓レベルに刻み込まれるものなのかも知れない。
何故かは分からないのに、
何かの拍子に激しく心臓を打ち鳴らす何か。
縁も所縁も無い筈なのに、
大事にしなければと心を突き動かされる何か。
そんな衝動に駆られたことはあなたには無いか。
それはあなたにとって、何か大事な
意味を持つ衝動だったのではないか。
あの結末にも賛否両論ある様子だが
(本作を勧めてくれた知人は、監督の従来作に
従うならすれ違ったまま終わってほしかったとか)、
個人的にはあのハッピーエンドも悪くない。
主人公2人は最後、躊躇う気持ちを捨てて
自らを突き動かす心のままに想いを伝えた。
それは、忘れた記憶から生まれる衝動に関する
この物語の結末としては、至極自然な選択
だったのではとさえ僕には思えるのである。
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ここから不満点。あるいは不思議に感じた点。
一番のそれは「母の不在」だ。
境遇のまるで異なる主人公2人にとって、
母親がいないという共通点は、互いにシンパシー
を覚える上でも無視できない要素であるはずだ。
ミツハ側には“入れ替わり”に関する布石でもある。
なのに、2人の母についての描写は極めて少ない。
いやタキ側に至っては殆ど無い。何か作り手の
意図があるのか、それとも制作の都合上
そうせざるを得ない事情があったのか、
理由は分からないが、不可解に感じる。
また母の不在はミツハと父の確執の根幹でもある。
最後にミツハが父親を説き伏せる展開に
説得力を持たせる為にも、ミツハ-母-父の
関係はもっと詳細に描くべきだったのでは。
もうひとつ腑に落ちないのは、“入れ替わり”に
タキが選ばれた条件は何だったのか?という点。
全くのアットランダムでは無いと感じるのだけど。
まあ“入れ替わり”のシステムを事細かに説明する
のも興醒めなので拘ってはいないが、やや気
になる。
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しかしながら、良い映画でした。大満足の4.0判定で。
このだだっ広い世界で、細い糸と糸とが
撚り合うことなんて滅多にない。その繋がりを
大事にしたいという直感に駆られたなら、
その感情にただただ従ってみるのもいいものかもね。
ああ、勿論、相手の胸を揉むとかの衝動はNGの方向で。
<2016.09.03鑑賞>