「人生に「シンプル・イズ・ベスト」はあるのか?」グランドフィナーレ ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)
人生に「シンプル・イズ・ベスト」はあるのか?
引退した名作曲家、指揮者のおはなしです。
音楽に関わる映画は大好きなので、見に行ってきました。
ラストシーンで演奏される「シンプルソング」とってもよかった。
それ以上に、心癒される保養地の風景。
美しい建築、緑の高原。
プールに映る夜の照明。
どれも、絵画のような美しさ。
この作品には、ストーリーなどあってもなくても構わない、と思えます。
また、許せてしまいます。
そういうアート系の映画がお好きな方向けです。
アクション映画専門の方ははっきり言って「ご遠慮ください」としか言いようがないですね。
主人公フレッドは、現代イギリスを代表する名作曲家であり、指揮者です。まさに「マエストロ」
今は引退して、スイスアルプスの保養地で余生をおくっています。
そのマエストロの元へ、エージェントから依頼がきます。
「女王陛下が、マエストロの指揮で『シンプルソング』をご所望です」
わざわざ、王室から直接依頼がくるなんて、とんでもない名誉なことです。
一般ピープルならそれこそ「揉み手」をせんばかりに、
「へっ、へっ、おおきに! なんぼでもやりまっせ!!」と作り笑いを浮かべて、愛想を振りまくところなんでしょうが(それはお前のことだろ? という批判は置いといて……)
主人公フレッドは違います。
この女王陛下の申し出を断ってしまうのです。
「シンプルソング、あの曲は妻のためだけに書いたのだ。演奏するか、どうかは、私の自由にさせて欲しい」
奥さんもかつて音楽家でしたが、いまは認知症のため、施設で暮らしています。
フレッドは、今まで音楽に捧げてきた自分の人生を振り返って思いをめぐらせます。
「これでよかったのだろうか?」
家族を顧みず、音楽だけに没頭し続けた。
そして、音楽の高みを目指して日々研鑽を重ねてきた。
その結果が
「妻は認知症」「娘とも別居」「家庭崩壊」
これが音楽へ人生を捧げた、その見返りなのでしょうか?
だとしたら、いったい自分の80年の人生は何だったのか?
そのあたりを、友人の映画監督ミックと語らいながら、マエストロは保養地で日々を送って行く、というお話です。
こういう類の作品については、人物の造形が大切なんですね。
キャスティングについては、それなりのキャリアを積んできた、相当なベテラン俳優。しかもカリスマ性も必要です。
主人公の作曲家にマイケル・ケイン、その友人の映画監督にハーベイ・カイテル。
これはいいです。キャステングハマってますね。
この二人の存在感で、映画の緊張感が崩壊せず、ギリギリのところで踏みとどまっている感じがしました。
本作は劇的なストーリー展開など、ハナからあるはずもない作品。
そういうことをご理解した上で、鑑賞されることをお勧めします。
本作でモチーフとなる「シンプルソング」という楽曲。
これ、少年がヴァイオリンで練習したりするところで、断片的に紹介されるんですね。
女王陛下が聴きたがった楽曲。
そして、マエストロが奥さんのためだけに作った曲。
それゆえに「どうしても演奏したくない曲」
どうです?
ものすごく勿体ぶっているでしょう?
いったいどんな楽曲なのか?
最後の最後まで観客を焦らせておく演出方法です。
それだけ映画作品の中で、なかなかその姿を現さない楽曲
「シンプルソング」の「価値」や「ハードル」をあえて高めておいて、
ラストに、これでもか!と涙が出るような美しい音楽を聴かせる。
これは素晴らしい演出方であり、また、楽曲そのものがそれだけの「品の良さ」
「格調の高さ」を持ち合わせていなくてはなりません。
本作のために作られた「シンプルソング」という楽曲の出来栄えが、本作の鍵を握っていることは言うまでもありません。
その監督の厳しい要求に応える音楽を提供したデヴィッド・ラングさんは、素晴らしい仕事をしたと思います。
本作における、映像の美しさ、音楽の美しさは、とても気品溢れるもので、僕はとても好きなタイプの映画です。
作品世界の中へ身を浸して、ゆっくりと過ぎてゆく時間を楽しむような、そんな作品です。
ゆったりした気分でお楽しみくださいませ。