「つまらないわけでも、面白い訳でもない作品。」ヘイトフル・エイト kobayandayoさんの映画レビュー(感想・評価)
つまらないわけでも、面白い訳でもない作品。
2016年3月20日にTOHOシネマズ六本木ヒルズのスクリーン5にてレイトショー上映で鑑賞。
B級映画の異才監督、クエンティン・タランティーノが『ジャンゴ-繋がれざる者-』以来、3年ぶりにして、自身の8本目の監督作となったのが、本作『ヘイトフル・エイト』であり、『ジャンゴ』に続いての西部劇のジャンルに取り組み、数十年間、使われなかった70ミリのレンズを使って撮影したりと話題性が十分な一作となりました。
南北戦争が終結してから、10年以上が経過したアメリカのワイオミング州において、猛吹雪に見舞われ、それが止むまでの間の避難場所である服飾店へ急ぐ絞首処刑人のジョン(カート・ラッセル)と自らが捕まえたデイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)は、その道中、歴戦の英雄で賞金稼ぎのマーキス(サミュエル・L・ジャクソン)や新任の保安官のクリス(ウォルトン・ゴキンズ)と出会い、彼らを伴って、服飾店へ向かうが、そこでは彼らの予期せぬ事態が待ち受けていた(粗筋、以上)。
タランティーノ監督のファンなので、本作には注目していました。しかし、前作の『ジャンゴ』が批評家やアカデミー会員向けに作られていて、そういうのを嫌う自分としては全く楽しめなかったので、今回は期待できず、観に行く気はあったのですが、上映時間が3時間近くもあり、それで、もし、つまらなかったら、キツい3時間となる事も考えられたので、観に行こうとは思っても、一種の決心が必要で、それに時間が掛かったので、公開が始まってから4週間近くが経過しての鑑賞となりました。3時間の長尺は苦にならず、飽きずに観られ、タラ監督が得意とする長い会話にヴァイオレンス描写、普通では思い付かないストーリー展開、サミュエル・L・ジャクソン、ジェームズ・パークス、マイケル・マドセン、ティム・ロスといったお馴染みの俳優たちの出演など、見所は十分で、今回はそこまで批評家ウケを良くしようとしたというのは見られないので、『ジャンゴ』よりも遥かに印象は良かったです。しかし、話は面白いわけでも、つまらない訳でもありません。
タラ監督は『レザボア・ドッグス』や『パルプ・フィクション』の頃から、「スゴい監督」と言われ、絶賛されてきましたが、監督本人は「別に自分はそこまでスゴい奴じゃないよ」と謙遜する感じで作品を作ってきたように見え、その姿勢が一つ一つに表れていました。本当はもっとスゴい事が出来るのは、彼の手腕から見えてきますが、売れれば売れるだけ、デビューした頃に必死になって生み出した作品を自ら黒歴史状態にしてしまう監督が少なくなく、デビュー時から応援してきたファンを蔑ろにするような人も居るので、タラ監督の姿勢や志が変わらなかったのは良心的だと思っていました。しかし、『ジャンゴ』の時から、彼はその姿勢を捨て、作品の様々な部分に「俺って、こんなのが撮れるんだぜ」というのをアピールするような表現を見せ、本作でも、そういうのが至る所に見られ、「眠ってたレンズを使って、こんな絶景を撮ったぞ」、「ほら、ゾーイ・ベルをまた起用したぞ」といったのが伝わり、それが鼻に付き、70ミリの美しいワイドショットを目にしても、長い会話を注視しても、そこまで心奪われるものは無く、素直に楽しめずに観ていました。それが原因か、『イングロリアス・バスターズ』まであった会話の中から生まれる独特の緊迫感やその状態を一瞬、解すクスクスと来る笑いや畳み掛けるような怒濤の展開に事前の想像を二歩三歩以上も上回る突き抜けた感じ(『イングロリアス〜』まで編集を担当してきた故サリー・メンケに代わるフレッド・ラスキンの腕とタランティーノの理想が噛み合っていないようにも見えます)が観られず、くせ者揃いの豪華キャスティング、本作でアカデミー賞を受賞したエンニオ・モリコーネの音楽、定期的に入る吹雪と突風の音などがあっても、そこにドップリと浸かって、夢中になる事が無く、見終わった時には「良い映画を観た!」と思ったり、満足することも出来なかったので、残念な一本という印象があります。本作もアカデミー賞に絡んだ作品なので、一見、それを狙ってないように見えても、実際のところは狙っていたのかもしれないので、突抜不足も仕方ないと思うことも出来ますが、これでは今後のタラ監督の作品にも期待はしちゃいけないという事になりそうです。
グッと来たところは幾つかあります。一つ目はタラ作品としては『デス・プルーフinグラインドハウス』以来の参加となるカート・ラッセルの出演で、所々に同作を思い出させる(身体をぶつけて、呻き声を上げる等)要素があり、登場人物のなかにウォーレンやボブという名前が付いているのも『デス・プルーフ』に通じ(同作でタラ監督が扮したバーテンの名前がウォーレン、ラッセルが扮したスタントマン・マイクが口にする兄の名前が“スタントマン・ボブ”となっていました)、タラ監督にとって黒歴史な作品の要素があるのは、同作を愛してやまない自分としては嬉しく感じました。二つ目はカメラワークが徹底している事です。タラ監督の作品の見せ場の一つであるカメラワークで人物や描写を細かく見せるやり方が『イングロリアス・バスターズ』以来の復活を遂げ、マーキスの並外れた洞察力の鋭さや登場人物の微妙な表情の変化から、突然、話を大きく前進させるといった前触れに繋がる見せ方が今回も冴え渡り、これのお陰で、3時間の長さを感じなかった理由の一つになったと思っているので、それを見られたことにホッとしています。三つ目は常連俳優たちの存在感で、タラ作品には本作が初登場となりましたが、彼の盟友のロバート・ロドリゲス監督の『マチェーテ・キルズ』に二重人格のマッドマン役で出演したデミアン・ビチール、同じく『マチェーテ・キルズ』でカメレオン役に扮し、ロドリゲスが製作した『プレデターズ』に出演したウォルトン・ゴキンズが本作では、それら以上に印象的な活躍を見せ、ジェニファー・ジェイソン・リーやブルース・ダーンといった名優たちや出てくるだけでワクワクするサミュエル・L・ジャクソン等に食われる事無く、それぞれの役を熱演し、ハマり役になっていたのではと思えるぐらい、彼らのキャラや台詞回しが忘れられません。
本作で一つ気づいたのは、70ミリの映像をデジタルで観ても、普通のスクリーンではシネスコに拡張していても、上下に黒帯が残り、今後に製作される70ミリ撮影の作品が公開されても、黒帯が残るのは避けられないという事で、それが分かった事だけでも、観たのは正解でした。